表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/32

元親友

 高校に入学する前の杏を知る人物なんて恐らくいないだろう。それは唯一の肉親であ

る母親の聡子だって知らないはずだ。彼女の前では礼儀正しい少女を演じ、優等生ぶっ

た成果だ。

 そして今の高校に入学したのは、自分自身を変えたかったため。そのことを知ってい

るのは、今メールを送信し続けているあの人物だけだ。

 中学時代の杏はとにかく弱くて、いじめられっ子だった。今では見当もつかない大人

しい子で、よく女子生徒にひどい仕打ちを受けていた。あだ名はとても酷いものだった

し、思い出したくもない忌まわしい過去だ。

 心機一転、大きな決断をしたことは間違いではなかった。多くの友人とテニス、そし

て何より加藤智樹という担任にめぐり会えたのがその証だ。変わろうと思えば、人間変

わることはできるんだ、そう実証して見せた杏はそのことを今でも大切なプライドにし

ている。

 だから智樹は杏にとって神様のような存在なのだ。本来なら智樹を苦しませたくはな

いのだが、このまま婚約したとなると、智樹自身が杏の前から消えてどこかへ行ってし

まう、そんな気がしていた。


 部屋で勉強していると、また例の通知音が鳴った。友人とその人物とは着信音を分け

ているから、誰からきたのかすぐにわかるようになっている。いつもは確認しないけど、

たまには見てやろうか。杏はふとそう思うと、メールを開いた。


(杏、元気にしている?あなたがメールをくれなくなっても、私は信じているから。ね

え、今どこにいるの?私は杏を探し続けて一年半になるのに、杏はどこに住んでいるの

かも教えてくれない。ねえ、私達は親友じゃなかったの?私は杏がいなくなってから、

生きていく気力がありません。高校へも通っていないし、バイトもろくに……。でもあ

なたが生きていることが、私の唯一の生きていく糧です……このメールが届いているこ

とが私の拠り所です)


 途中まで読んで、杏は寒気がしてメールを閉じた。そしてメルアドの設定をすぐさま

変更した。胸がぎゅっと締まって、動悸がした。いくら杏の恩人といっても、この種の

メールは耐えることができなかった。恩人の名はメグミ。メグミはきっとメールが杏の

元へ送られていることを知らないはずだ。それは引越しする前にメルアドの変更をメグ

ミに伝えたからだ。だから諦めて送られてこないのが本来であるのだが、メグミは二年

もの間ずっと送り続けてきたのだ。奇怪だとしかいいようがない。それでも杏がメール

受信を可能にしていたのは、メグミを裏切った杏の罪滅ぼしというのもあった。杏自身

を変えるために犠牲になったメグミ。杏はいつでも忘れたことはない。


 封筒に入った一枚の手紙。それを見て智樹はまたあの悪夢を思い出した。今度はど

んな罠が仕掛けられているのか。智樹はおそるおそる中身を確認してみた。


(Hello.私が誰だかもうわかっているよね。加藤先生が想像している通り、杏です。

最初に言っておきますけど、今回は種も仕掛けもありません。マジックはあれでおしま

いです。これからは直球勝負なんだから。あっ、これは私の独り言です。

 私の用件ですが、今度の休み二人で会いませんか。先生に伝えたいことがあるんです。色々と誤解されていることも多いんで、ぜひ話し合いたいと思います。場所は私と先生

がプライベートで初めて会ったあの場所で。ではよろしく!)


 この手紙を読んだ智樹はさっそく杏にアタックを試みた。しかし何食わぬ顔で杏は無

視し、またしても要求をのまざる得なくなった。相談事なら学校で解決できることでは

ないか。それなのにどうしてまた二人で会わなければならないのか。その日は婚約者の

沙織と大事な約束があったのに、それも断らなければならない。智樹の混乱は徐々に怒

りに変わっていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ