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「あなたと関わるようになって、智樹はこうなってしまった。あなたは人を不幸にした

上に、さらに誰かを傷つけるわけなの?」

 その冷たい視線から、沙織は言い放った。杏は黙って聞くしかない。


「返す言葉なんかないはずよね。それにあなたが行かなければならないのは、警察署な

んじゃないの。あなたの大事な親友が取り調べを受けているというのに」

「あの人と私とはもう関係ありません……」

「だったらなぜ智樹があの子に刺さなければならないわけ?私詳しい事情は知らないけ

ど、あなたと刺したあの子が親友だったっていうのは聞いているわ。まずあなたは智樹

うんぬんより、あの子との関係を清算させなきゃいけないんじゃないかしら。それが筋

ってものでしょう。でないとまた智樹はあの子に刺されてしまう可能性があるのよ」

 確かに智樹がメグミとこうなってしまったのは、杏がメグミにはっきりと意思表示し

ないで避けていたというのは一因かもしれなかった。


「私は智樹と会うなということですか?」

「そうよ。あなたなんかと関わっていると、智樹が不幸になってしまう。智樹は私が面

倒を見るわ」

 沙織の元婚約者のプライドの前に、杏も言葉を返せない。麻耶が杏をかばって何か言

ったが、説得力はなかった。


「杏、見舞いに来てくれたのか・・・・・・」

 大声で話していたので、智樹が目を覚ましてしまったらしい。智樹の無事を確認して、

杏は涙が込み上げてきた。

「先生、本当に申し訳ありません。こんなことになったのは私のせいです」

「いや気にしなくていい。メグミと会ったのは私なんだから。だから杏は悪くない」

 杏の頭をポンと叩いた智樹。腰には包帯がグルグル巻かれていて、痛々しい。

「沙織も世話に来てもらって悪いね。両親がどうしても来れないから、無理を言って沙

織にきてもらったんだ」

「いいのよ、心配しなくて。困ったときはいつでも頼るように、約束したじゃない」

 仲睦まじい二人を見ていて、杏は不安に思えてきた。このまま再度婚約し直して、二

人はウェディングを挙げるのではないかと。


「なあ相馬。病室からちょっと出て行ってもらえないかな。沙織と折り入って大事な話

があるから」

「えっ?」

 耳を疑う智樹の言葉だった。どうして別れたはずの沙織と二人きりで話をしなければ

ならないのだろう。


「相馬はメグミちゃんと面会しておいで。沙織の言った通り、メグミちゃんとはちゃん

と話をしてきた方がいい。きっと相馬が来てくれるのを待っていると思うから。でない

と彼女、これから行く道を彷徨ってしまうから。僕からのお願いだ」

 被害者の智樹からのお願いだと言われれば、杏はいくほかなかった。しかしそれより

も沙織との大事な話というのが、杏の頭から離れなかった。もしかすると復縁?マイナ

スの考えが、杏の頭の中を駆け巡った。


「ちょっと先生どうしたんだろう?沙織さんと話をするって」

 麻耶が心配そうに杏を見つめる。

「先生の考えがあるんでしょう。私は口出しできないよ。それより今からメグミという

元親友に会いに行くんだけど、ついてきてくれる?」

「私は別に構わないけど」

 一人で会いに行くことは怖かった。麻耶が着いて来てくれると聞いて、杏は安心した

のだった。


 今まで心の奥に隠していた事実を、麻耶に話した。智樹を好きになった理由、智樹を

刺した元親友の存在。麻耶は熱心に相槌を打ちながら、聞いてくれた。もっと早く麻耶

に話しておけば良かったと杏は思った。


「そんなことがあったんだ。杏が暗い子だったなんて信じられないな」

 麻耶は率直な思いを打ち明けた。そして智樹と同様に、メグミについてこう言及した。

「元親友はまだ杏のことが諦められないんだね。ちょっと異常な行動であるけど、素直に

話せば理解してくれるんじゃないかな」

「私は話したつもりだったんだけどね」

「今回は私がついている。安心して」

 メグミの家に二人で向かう。彼女は智樹が被害届を出さなかったため、自宅にいた。


 メグミは杏の顔を見ると、ただひたすら頭を下げた。ようやく正気に戻ったのか、以

前の狂ったような表情は消えていた。

「ごめんなさい。杏の大事な人を刺してしまうなんて。私どうかしていた」

「本当にそう思っているの?」

 不信感を拭えない杏がメグミを問い詰めた。

「ええ。私もう決めたから。今日この瞬間で私はあなたのことを忘れる。どこか遠くの

街へ行って、もう一度自分を見つめなおしてみる。ただそれは智樹さんが許してくれた

らのことだけど……」

 智樹はそのことに対して特に反対はしないだろう。しかしメグミ一人で本当に大丈夫

なのかということだった。


「心配しないでほしい、僕もメグミに着いていくから」

 隣室から出てきたのはメグミの彼である聡だった。

「今回の件は僕の責任でもあると感じている。正直ここまで暴走するとは思っていなか

ったんだ」

 聡は残念そうな顔をしていた。何とか智樹が助かったから良かったものの、もし命を

落としていたら……想像しただけでもゾクゾクする。やはり杏はメグミのことが許せな

かった。

「メグミにはきつい言い方になるかもしれないけど、あえて私の口から言うね。もう金

輪際私はあなたと会うつもりはない。そして智樹の前に二度と顔を見せないで。それじ

ゃさようなら」

 メグミは泣いていた。杏のことを忘れると言ったはずなのに、なぜ泣くのだ。きっと

メグミは二度と杏のことなんか忘れられない。杏はそう気づいていた。


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