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智樹、教師を退任

終業式で杏は耳を疑った。まさか智樹が……


「今学期を持って、加藤智樹先生は退任されることになりました」


 校長がこう紹介すると、体育館に集められた全校生徒の間からどよめきが起こった。

そしてちらほらと悲鳴も聴こえる。杏も同様に全身に鳥肌が立って、突然の事に驚きを

隠せなかった。智樹が休養してからというもの、メールを送っても全く返信されなくな

っていたので、今どうなっているのかは全く知りえなかった。


「先生が途中で私達を見捨てるなんて、考えもしなかった……」

 麻耶は放心状態である。彼女の言う通り、智樹は責任を放棄したのだろうか。

「見捨てるなんてそんな無責任なこと、加藤先生がするわけないじゃない」

「じゃーどうして加藤先生は……」

 麻耶はその場にしゃがみこんでしまった。麻耶の精神的動揺は、杏のそれ以上なのかも

しれない。

「これから冬休みに入るから、終わるまでに加藤先生を説得しよう。三学期からまた戻

って来れるようにね。そうしなければテニス部は空中分解しちゃうよ」

「そうだね。私もそうなるよう頑張る」

 少しだけ麻耶は明るさを取り戻したようだ。

「私、テニス部のみんなに呼びかけるから」

「よろしく頼んだわ」

 

あれだけ教育熱心な智樹が辞めるにはそれなりの事情があるはずだ。杏は考えたくな

かったが、婚約者との一件が原因になっているのではないかと頭をよぎった。それには

杏も関わっている。もしかすると杏の責任ではないのだろうか。そんな不安な気持ちを

払拭する上でも、とにかく智樹と会いたかった。


 智樹不在の終業式が終わって、今日はクリスマスイヴ。杏は友人からクリスマスパ―

ティに誘われていたが、智樹のことでそれどころではなかった。あれから数日、麻耶と

二人でできるだけのことはしたが、智樹からは何の音沙汰もなかった。杏はだんだんと

イライラが募っていた。

自室のベッドの上で、杏は寝転がっていた。携帯を確認しながらため息をする、そん

な繰り返しの連続だった。しばらく経つと、携帯のメール着信音が鳴った。しかしいつ

もの着信音が違う。それは紛れもない智樹からのメールだった。杏はベッドの上から飛

び上がると、すぐにチェックした。


(お久しぶりです。元気にしていた?相馬からのメールはすべて確認していたんだけど、

こちらの都合でメールの返信が出来ませんでした。迷惑を掛けたけど、申し訳ない。

相馬には二つの報告があります。一つは教師をこの二学期で退任することになったこと

です。これについては相馬だけでなく生徒の皆、そしてテニス部員のメンバーにも迷惑

を掛けてしまいました。途中で放り出すことになって、とても心苦しい思いでいっぱい

です。

 二つめの報告は直接相馬と会って、話したいと思います。もし今日用事がないなら、

会ってくれませんか、急な話で大変申し訳ない。もしOKなら返信してください。すぐ

に時間と待ち合わせ場所をメールします。ではよろしく!)


 今日会ってください?杏はメールの内容を見て、目を丸くした。あれだけ会いたいと

メールを送ったにも関わらず、全く返信をしてこなかったくせに。会うとなったら、い

きなり今日だとはわがまま過ぎる。あまりにも虫が良すぎる話ではないだろうか。でも

今はそんなことを言っていられる状況ではない。テニス部では智樹の退任によって、何

人かが辞めると言い出しているし、杏自身の精神状態もおかしくなりそうだ。まずは直

接会って、確かめたい。杏はさっそく智樹にOKとメールの返信を行った。


 杏が指定された場所は、あるアパートの前だった。智樹から返信されたメールには、

詳しい行き方が書かれたファイルが添付されていた。それを頼りに杏は電車に揺られて、

やって来た。

アパートの外観は白を基調として、とても落ち着いていた。比較的新しい雰囲気がす

るので、最近建てられたものではないだろうか。もしかしてここは智樹自身の自宅では

ないのだろうか。杏はそれがわかると少し緊張してきた。どういう考えで智樹は杏を呼

んだのだろうか。セキュリティー完備のアパートだったので、杏は入る前に智樹を呼び

出さねばならなかった。


「あっ、相馬?よく来てくれたたね。今すぐに迎えに行くから」

 携帯の智樹は明るい声をしていた。もっと落ち込んでいると予想していたので、杏は

拍子抜けした。心配して損だったかもしれない。


 入り口から智樹の姿が見えた。白いポロシャツに青のジーンズ姿だ。随分ラフな格好

をしていた。しかし相変わらずカッコいいのは変わらない。やせ細っている様子もなか

ったので、杏は安心した。

「どうぞ中へ入って」

 あっさりと家の中へ通してくれる智樹。杏はそんな智樹に少し戸惑った。

「中へ入ってもいいんですか?」

 なぜか杏が尋ねてしまった。


「心配すんなよ。僕はもうすぐ教師を退職するんだから。気兼ねなんてしなくていいよ」

「やはり教師を辞めるのですか?」

「うん、そうだよ。校長先生の話を聞いただろう、あの通りだ」

「私が原因ですか?私が先生を弄んだから、それで……」

 杏の声は涙声になっていた。しかし智樹はやんわりと否定した。

「相馬のせいではないよ。僕が一人で決めたことだ。そのあたりを説明するから、中に

入ってよ」

 智樹に促されるように、杏はアパートへ入った。入ることに抵抗があったけど、智樹

の説得に応じるほかなかった。

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