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試練

 今日はタイムマシンで高校時代に戻った気分だった。綾に瓜二つの杏を見て、不覚に

もそんな感覚に陥ってしまった。しかしそんなことを言っていられない現実が目の前に

ある。沙織との結婚式まであと一ヶ月。すでに沙織の家族にも挨拶を済ませているし、

準備は着々と進んでいる。もう後戻りはできないのだ。智樹の心は振り子のように揺れ

動いていた。


 流行りの恋愛ソングの着メロが鳴る。それは智樹からのメールを知らせるものだっ

た。杏は英語の予習をしながら、慌てて携帯をチェックした。智樹から送られてくる

なんて久々のことだ。

 

(こんばんは、こんな夜遅くにメールして申し訳ない。さっそく用件なんだが、今度

の休みテニスの試合にでも見に行かないか?教師が生徒に誘うなんておかしい話なん

だが、相馬とは色々と話をしたいこともあるので。

P.S. 相馬、髪をショートにしたんだな。とてもよく似合っているよ)


先生からのアプローチがあった。これには杏も安堵した。ここまでして無視され続

けたら、大逆転への道が閉ざされてしまう。ショートにした効果はあったようだ。杏

は鏡を前にして杏は短くなった髪をといでみた。メグミから貰った写真の綾と自分を

重ねてみる。似ている。これを利用しない手はない。

 麻耶に言われた言葉をかみしめながら、勝負がかかった智樹とのテニス観戦に想い

を馳せていた。


 智樹と約束したテニス観戦の日。今日の智樹とのデートは事実上のラストチャンス。

わずかな可能性かけて、杏は綾を意識した髪型と服装を着込んで、智樹と待ち合わせ

した場所に向かった。


 待ち合わせ場所に到着すると、杏は後ろからポンポンと肩を叩かれているのに気づい

た。振り返ってみると、白いポロシャツを着た智樹だった。

「今日はわざわざ来てくれてありがとう。試合が始まるまで時間があるから、どこかで

話でもしないか」

「うん、いいよ」

 智樹の提案を、杏は承諾する。二人で近くの店に向かおうとしたところで、今度は別

の女性に呼び止められた。

「ねえ、二人でこれからどこへ向かうつもりなの?」

 杏と智樹が振り返ると、そこには婚約者である沙織が立っていた。


「こんにちは」

 智樹は動揺を隠せない様子だったが、杏は冷静になって沙織に挨拶をした。

「こんにちは。これから二人でデートなの?」

「いえ、これからテニスの試合を観戦に行く予定だったんです」

 沙織の冷たい視線が、杏に突き刺さる。明らかに不審を抱いている様子だ。

「どうして沙織がここにいるんだ?今日は友人と会う予定ではなかったの?」

「そんなことはどうでもいいでしょう。それよりこれは何なのよ。休日に教え子と二人

でデートってどういうことよ。教師であるあなたが公私混同の態度を取って、いいと思

っているの?」

 修羅場だ。これは明らかに智樹にとっての修羅場だ。杏はどうしていいのかわからず、

途方にくれていた。


「今日は悪いけどテニスの観戦は中止だ。チケットはここにあるから、一人で見に行っ

てくれてもいいよ」

 智樹は杏に乱暴にチケットを渡すと、沙織の手を引っ張って街の雑踏の中に消えてい

った。恐らく二人で話し合いでもするんだろう。一人ポツンと取り残された杏。これは

果たして良い事だったのか、悪い事だったのかよくわからない。少なくとも智樹と婚約

者の間に、何らかの軋轢が生じたのは違いない。杏にとってはわずかな希望が芽生えた

瞬間でもあった。


 ある一枚の写真を沙織から見せ付けられた智樹は、戸惑いを隠せなかった。それは高

校の時に亡くなった綾と写っている写真である。どうしてこれを沙織が持っているのか、

不思議で仕方なかったのだ。

「どうしてこの写真を君が持っているわけ?これはずっと僕の部屋に置いてあるものだ

ったのに」

「私が持ち出したわけではないわ。これは私の家に送られてきたの」

「送られてきた?一体誰が?」

「そんなの知らないわよ。宛先は書かれていなかったわ」

 智樹は思い当たる人物を思い巡らせたが、すぐには出てこなかった。


「この写真に写っている女性は、今日デートしようとしていた生徒さんにそっくりね。

確か杏さんって子ね。この間会ったばかりだから、よく覚えているわ。そりゃあの生徒

さんが気になるのも当然ね」

 智樹は何も答えることが出来なかった。ただ沙織の興奮を冷めるのを待っているほか

なかった。

「そして智樹は、あの子から告白を受けた。」

「どうしてそれを?」

「やっぱり図星だった。ほら前に私の所に電話してきたことがあったでしょう」

 確かにそんなことがあった気がする。もし生徒から告白を受けたらどうするかみたい

な話だっただろうか。沙織はそれをはっきりと覚えていて、ひらめいたのだろう。さら

に沙織は話を続けた。


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