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出会い系サイト

 どこかで見覚えのある顔。


 まぎれもなくそれは智樹が受け持つクラスの女子生徒。きっと彼氏でも待っているのだ

ろう。制服を脱いだ普段着の服装は、どこか大人びいて、智樹をはっとさせた。しかし

次の瞬間、その彼女が智樹のそばへ近づいてきたのだから大変。


「あのーもしかして加藤智樹さんですか?」

 先生とは呼んでくれずに、彼女は名前で呼んだ。智樹は首を傾げた。どうして教師と

生徒の間柄なのに、こう呼ばれたのだろう。

「私出会い系サイトでメール交換をしていた相馬杏です。今日は一日よろしくお願いし

ます」

 杏がそう挨拶すると、智樹は走って逃げ出した。嘘だろう。こんなことありえるわけ

がない。今までメールしていた相手が、自らが通う高校の女子生徒だったなんて。ああ

人生最大のピンチだ。これが学校に知れてしまったら、今ままで智樹自身が築き上げた

キャリアがすべて泡となってしまう。


 それだけじゃない。

 婚約相手の沙織にも白い目で睨まれて、別れましょうと言われるのは想像がつく。

人生すべてを捨ててしまうなんて、今の智樹には耐えられない。ああこんなことに

なるのだったら、出会い系サイトに登録しなければ良かった。ちょっとした軽い気持ち

がいけなかった。逃げたって仕方がない。けれども今の智樹はとにかく逃げることしか

できなかった。


 どれくらい追いかけているだろうか。智樹が必死に逃げる中、杏もその後を懸命に追

いかけてきた。ちょっと驚かせ過せすぎたかな。少し心の中で反省しながら、それでも

今日のチャンスは逃すまいと智樹の後を追う。都会のど真ん中で、刑事が犯人を必死に

捕まえる。さながらそんな様相を呈していた。

 しばらくして智樹は観念したのか、ビル外れにあった公園のベンチに座り、ぜいぜい

と息をからして憔悴しきっていた。杏はようやく追いつくと、智樹に声を掛けた。


「どうして先生逃げたんですか。私の顔を見たら、まるで警察に見つかってしまったみ

たいな驚いた顔して。私、本当にショックです」

 テニス部のキャプテンを務めている杏は、やはり足腰を鍛えているせいか脚力がある。

智樹自身だって学生時代までは、バリバリのテニスの選手だったから、体力には自信が

あったはずなのに。


「それにしても相馬は足が速いなあ。やっぱり部活で誰よりも走りこんでいるからだろ

うな。今日は完敗。そして今日を持って、高校教師生活も終了!」

もう何もかも開き直ってしまおう。そう必死に思い続けたが、志半ばで教師生活を終

えてしまうのは、やっぱり悔しかった。


「先生何言っているんですか?今加藤先生に教師辞められたら、私達テニス部はどうな

っちゃうんですか。せっかく去年県大会のベスト8まで行って、今年こそはと意気込ん

でいたのに。それって顧問として、無責任すぎじゃないですか?」

 そう言われたって、ここで杏と会ってしまった以上、このことは学校へ報告されて

しまうことになり、智樹は去らなければならない。だから杏が今さら何を言ったって、

すべては終わったことなのだ。


「後のことはキャプテンに任せたよ。そのうち違う顧問の先生も決まるだろうから、

僕は影で君達のことを応援するよ」

 智樹が真顔で言ったのに、杏は突然笑い出した。何もおかしいことは言っていない

はずだが。

「先生のこと、絶対にクビにしません。約束します」

 杏は力強く宣言した。これには智樹も胸を撫で下ろした。そして汗でぐしょぐしょ

になっていたシャツをパタパタさせた。こんなにも冷や汗をかいたことはテニスの試合

の時だってなかった。


「ああそうか、そりゃ助かるよ。もう覚悟を決めていたからね。明日からの自らの身の

振り方も考えていたぐらい」


 この前のホームルームの時間に、出会い系サイトの危険性というテーマで授業を実

施した。だが指導しているはずの智樹と、指導を受けた杏が、都会のド真ん中の公園で

こうして出会い系サイトを通じて知り合った。その話を杏が持ちかけると、二人は苦笑

いをするほかなかった。


「もう出会い系サイトは今日限りで懲り懲り。相馬のことを僕が知っていていたから良

かったものの、見知らぬ人だったらもう少しで罪を犯すとこだった」 

 杏からもらったタオルで智樹は、顔を二、三度拭った。まだ冷や汗は流れ出ていて、

とめどなかった。

「先生って普段は冷静なのに、こういう修羅場に遭遇したら人間変わるんですね。何か

違う一面が見られて、とても新鮮」

 杏にからかわれても、智樹にはどうすることもできない。今日の出来事を黙っていて

くれるというのだから、これくらいのことは何てことない。


「そりゃそうだ。こんなのお化け屋敷やジェットコースターのスリルより、はるかに迫

力満点さ。人生かかっているんだから、今日しでかしたことは」

 自己反省しつつ、杏に智樹自身の心境を綴っていく。それを杏は楽しそうに笑いなが

ら訊いていた。


「ジェットコースターか……ああ、何だか乗りたくなってきた。先生、今から遊園地へ

連れてって。ねえ、いいでしょ?」

「ええっ?」

 まさかの杏の発言に、智樹はひっくり返そうになった。これ以上プライベートで杏と

は一緒に過ごしたくはないのに、今から杏と遊園地へ行くだなんてありえない。

「おいおいそれは勘弁してくれよ。もし他の生徒に見つかったら、それこそただの騒ぎ

じゃすまなくなるよ。代わりにテニスコートへ行くってのはどうだ。特別レッスンさせ

てもらうよ」


「レッスンかあ。ちょっとスケールダウンだけど、許してあげる。」

「何だよその言い方。顧問の僕がレッスンするって言っているのに。これ以上文句言っ

たら、バチが当たるよ」

 明日からの学校生活はしばらく冷や冷やしたものになりそうな予感。とにかく杏を信

用するしかない。でもこの笑顔を100%受け止めるわけにはいかない。杏にソッポを

向けられたら、それでジ・エンド。

 スリル続きの日々。それなりに楽しめればいいのだけれど。そんな根性、智樹にはあ

るのだろうか。


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