12 蒸し返す因縁、あの頃に……
長い時間を経て、人は傷を癒す。
それは、身体でも、心でも同じ。
だが、ふとした拍子……鍵となるモノが存在した場合、その傷は、痛々しい音を立てて引き裂ける……
幻想郷、人里……
「ふっ……良い天気だな」
艶のある白い髪を微風に靡かせる長躯の青年が一人、人里に出向いていた。片手に薬箱を携えて……
あれから早々2週間が過ぎた。最初は鈴仙なる紫髪の少女に付き添ってもらい、道や住所を覚えた頃がもう懐かしい。1日だけ教授する時間さえ有れば、彼には十二分過ぎる。
想刃の体躯は幻想郷でも余程の妖怪やその類で無い限りまず存在しない為、永琳と想刃は彼の体に合う服を特別に見繕ってくれる店に行った。本来その店は小売りの道具店らしいが、昭和の電気屋みたいに割と何でも請け負う『なんでも屋』のような感覚であるとか。
店主曰く「ある巫女に頼まれた勢いで服の修繕をやったら、いつの間にか本格的な服の新調を頼む輩が現れた」との事で、それが実際に来店した自分達等を指している事を察した想刃であった。
そして持ち込んだ執事服を渡し、『彼の世界らしい服にしてあげて』と永琳が注文した。
それから6日後、出来上がり予定日になり、彼は再度永琳と共に来店。ボロボロの執事服は黒のジレベストに変わり、ズボンやYシャツは新たに作られ、完璧なリクルートコーデとして想刃の手に帰って来た。
その服を着て翌日から本格的に仕事を開始したので、正確な勤務日数は1週間となるだろう。だが飲み込みは一瞬で済む上、最近の彼の性格の軟化と、容姿の良さから既に常連客……いや、ファンが付いている。
無論ながらそれは女性客ばかりで、彼に会いたいが為に置き薬の契約を結んだ者が大多数。これで良いのか? と彼が永琳に問い掛けたら、『良いんじゃない? 儲かる事は悪い事じゃ無いわ』と、現実的な意見が返ってきたそうな。
その通りだ、と言いたいが、真に薬を必要としてる人達に申し訳が無くてさすがの彼もいただけないと思ったらしい。とは言え、今からその契約を無しにするのもそれはそれでダメだろうとなり、結局そのままになった。
「今日は、ちゃんとした仕事であれ」
気持ちの良い蒼天に願うように一言を吐き捨て、今日も彼はいつものように診療所を後にした。外出時に毎度目に映る背の高い竹の数々、所謂竹林が聳えている。
この竹林は迷い易く、その為の案内人が居るとか。普通はその案内人に頼るものらしいが、なんて事はない、彼は案内無しに抜けてみせた。
当初、鈴仙が竹林の説明をしていて、いきなり彼が竹林の中へと踏み込んで躊躇う事なく奥へと進んだ。驚いた鈴仙が後を追ったところ、数分しない内に竹林の外へと抜け出た事で更に驚いていた。
どうやら想刃にこの竹林は、夢での記憶で覚えがあるらしい。と言うより、そもそも診療所を訪れた当時、一跳躍してここまでやって来たのだ。その際に真上から竹林の仕組みを目で見て理解したのかもしれない。
竹林を抜けて暫く徒歩で道を進むと、賑やかな喧騒が彼の耳に入る。声、商いの声、話し声。音、足音、槌の硬い音。住宅は勿論の事、様々な商店や飲食の店、呉服屋、損料屋、見渡せば永琳や店主のような服装に近しい恰好をした人々が闊歩する。
想刃の知る現代からはかけ離れた過去の光景であるのは確かだが、何処と無く異様な歴史を感じて仕方がない。現代ほど進んだ文明を育んではいないが、然して古いと言えるほど人々や住居は古代仕様では無い。
言葉も現代の標準語が通じる上、何より服装は日本文化と言うよりは、中国の、そう、かの有名な封神演義の登場人物達の服装に近しいモノがある。
あくまで彼の思うところではあるが、里人の服装が中国寄りなのは事実であろう。独自の文明を築いてると言えばこの事はこれ以上話す必要も無い。多少奇妙に思う程度ならば、これを受け入れるのが一番であり普通である。
そうして物思いに耽る事10秒、彼は漸く歩き出す。既に人里内、闊歩する人々の一人となっている想刃は、まだ訪ねた事が無い家を回る。ごめんください、すみません……訪ね言葉の次に診療所の名を口にして、薬を売り込む。
薬の効能を全て聞かされてる彼はセールスワードには困らなかったが、基本的診療所の名前と信頼に依るところが強く、割と簡単に売れる。診療所が一つしか無いのかどうかは定かではないのだが、永琳の診療所は一つのブランドと同じ力がある様子だ。
しかし、それでも売れない事がある、どう言おうが要らないと思う客は居る。彼はそれ知って無理に売ろうとはしない。そもそも薬は必要な時にあるからこそ意味が有るのであって、不要なのに有るのはただの邪魔でしかない。
暫く歩き回り、ノルマ……と言うと、どうにもイメージは会社だが、彼の思う目標は達成した。達成したと言っても、掲げた目標は非常に低く、実際のところ想刃は1〜2程売れたら最初から帰るつもりだったらしい。
特に永琳も数を得ろとは言わず、想刃のやりたいようにやって良い、と、かなり放任主義だったようだ。
「こんなもんだろ」
一仕事を終えて診療所に帰ろうとした時、彼は突然気配を感じ取る。
覚えがある気配、であると同時に、彼は唐突に頭痛に近い違和感に襲われる。この、内側が今にも爆発するような果てしない……さ、つ……さつ、い、ささ……ついいい…………
────これもまた運命だと思い、諦めてください。
「……」
目覚める。眠りに就かせていた怒りが……
────私とあなた、妖怪と人間では、実力の差は歴然なのです。
蘇る。灯火を失った殺意が────
「……あぁ。クソッタレが。テメェの下した運命なんざ、ゴミにもならねぇ。ならば、テメェは────」
今一度火種を取り戻し、壮絶な勢いを以って、理性を焼き切った。
「────テメェは、惨めに死ぬ姿がお似合いだぜ、クソ犬ゥッッッ!!!!!」
瞬間、最初から其処に居たのではと錯覚する程の速さで、一瞬で、人里にたまたま近づいていた彼女、そう、犬走 椛の目前に現れた。不意を突かれたのか、本来いつもなら反応出来る筈の攻撃に、彼女は気付く事すら無く遥か彼方に蹴り飛ばされた。
否。否。決して否。例えこれが不意で無く、彼女が反応し切れたとしても、およそ反撃する間に5度死ぬだろう。今の想刃は、嘗て彼女に敗れた時の数十……いや、数百倍────
その肉体は、突然に"人の域"を超えた。
「ぐふぅッ!!?」
蹴り飛ばされた椛が落下した場所、それは想刃と闘い、彼を倒した因縁の場所。妖怪の山の何処か、その地は、当時の面影をそのまま残していた。
数秒も経たずして想刃は椛の前に現れた。人里から妖怪の山までどれだけの距離が有るのかは不明だが、それを殆どのタイムラグ無しで椛の落下地点まで到達する辺り、以前まで存在した縮地のデメリットはいつの間にか無くなったと見て良いのだろう。
しかし尋常ならざるものだ。元より身体能力の高かった彼が幻想郷にやって来て更にその身体能力に磨きを掛け、更に更に椛に対する強い憎悪と怒りの感情で自らの限界域を突き破り、既に超人……否、超人など生温い。恐らく今の彼は超人などよりももっと強い存在────そう、言ってしまうならば、神にも等しい膂力を得たと言って良いだろうか。
「よぉクソ犬。あの時振りだな……その首、しっかり手入れしといたんだろうな?」
「ゲホッ!! ごぉッ! あなたは、まさか!? 生きていたんですか!?」
椛が彼に驚きをぶつけた瞬間、想刃は地面を抉るほど右足で蹴り付け、その際の衝撃で横たわる彼女を無理矢理浮かせてから左足の前蹴りを放ち、超高速で蹴り飛ばした。蹴り飛ばされた椛は凄まじい勢いで地面を跳ねながら大木を折りつつ吹き飛び続け、その内、山の起伏の激しい部分に直撃して高く跳ねた後に地面に叩きつけられ、そこで彼女はやっと止まった。
想刃の前蹴りで椛が吹き飛んだ距離は目測で300m弱。障害物に当たる事が無ければそのまま山を飛び出して尚も吹き飛んでいたやも知れない威力の蹴りを受けて、椛は血を吐きながら驚愕していた。
────この蹴り……! 胸に深く残るこの蹴りの威力……あの時に闘った時より、想像を絶して強い!?
蹴りの威力から想刃の現在の実力を知った椛だが、対処の分析をする前に彼女の俯く視線に映る黒い靴が、時間の不足と相手の悪さを本能にも理性にも知らしめる。自分は、一体何を相手にしていたのだ? と……
口周りにこびり付いた血を吹く暇すら無く見上げる狼天狗が見たのは、"殺意と憎悪と憤怒"を人の形に纏めて一緒くたにした化け物だった。
少なくとも、犬走 椛には、そう視えたのだ。
「立て……俺の気は、まだ済んじゃいねぇ」
続く……
"殺意と憎悪と憤怒"の化け物と化した想刃……
今まで散々相対した妖怪を化け物呼ばわりした彼が、化け物と認識されてしまうとは────
実に皮肉な話である。




