「私と結婚してくれ」
「私と結婚してくれ」
「……」
現在、我が高校の校門前。
どっかで見た事のある制服をきた女性が目の前で何かを言った。
「そ、そんなにじっと見ないでくれ。恥ずかしいじゃないか」
ふむ。
整った顔立ちにツヤのある長い黒髪。どこぞのお嬢様とでも言わんばかりの立ち振る舞いからして、これまた見事な美少女であると認識する。
そして恥じる姿もまた一興。
でも……
「ゴメンナサイ」
深く一礼をする。しっかり、ちゃんと、律儀に。
顔をあげるとそこには、意外だとでも言いたそうな顔があった。
「ど、どうしてだ!?私はルックスもポテンシャルも人並み以上に備えていると自負しているぞ!私に非があるのなら言ってくれ!」
自負している段階でどうかと思うが。
俺は少し考えて答える。
「……じゃあ一つ目の質問」
一息ついて全力で、自分の中にある最高の疑問をぶつける。
「貴女は誰ですか?」
「えぇっ!?」
別に意外でもなんでもないだろ!!
よし。俺は冷静だ。
「そして二つ目。いきなり求婚はないでしょう」
「うん。それは私も考えたよ。でもこの溢れんばかりの気持ちを抑えきれないのだ!」
腰に手をあて胸を張って言った。威張るほどの事ではあるけれども。
「三つ目。残念ながら今の俺は、誰とも付き合うつもりはないんです」
「ふふっ。それは私の非じゃないから問題ない!しかも付き合うんじゃなくて婚約だし。私は君の全てを受け入れる!」
……親指立てんなよ。
「はぁ……」
「お。今のは妥協のため息と解釈していいんだな!?」
「いや、違いますから。当然の事のように言わないでください。つか、貴女は妥協の婚約でいいんですか?」
「君とつながる事さえできれば何の問題もないのさ!」
……あぁ、本気なんだな、この人。
そこまで思ってくれているのは正直嬉しいが、どのような経緯で俺を好きになったのかが分からない。ただ、この場でそれを問い質したら帰りが遅くなるし……。
「やっぱり。貴女と付き合うつもりはありません。ましてや婚約なんて。だからごめんなさい。最近夜は冷えてきましたから、もう帰りましょう」
歩き始めようとした俺を、彼女は慌てて引き止めて言った。
「じゃ、じゃあ!自己紹介だけでもさせてくれ!」
そしてまた、少し考えて答える。
「それくらいなら大丈夫……だと思います」
「ありがとう」
安心したように呟いた。誰に言うでもなく。
「では、自己紹介をどうぞ」
「……実はと言うのも何だが、君と私は帰る方向が一緒なんだ。君のアパートまで15分くらい歩くし、話しながら帰ってもらっていいか?」
「はい、今日くらいなら構いませんよ」
俺の数少ない得意分野の一つである愛想笑いを返す。
すでに俺の家の住所が知られているのは気にしない方向で。
そして二人で歩き始める。面倒なことは早めに済まそう。
「じゃあ早速、自己紹介してもらってもいいですか?」
「まあまあ、そう焦る事もないじゃないか。時間はたっぷりあるんだ。そうだ、お互いの事を当て合うっていうゲームでもしないか?」
「面白そうですね、やりましょう」
にこっと、ひと笑い。こっちは早く呼び名を決めたいだけなのに、焦らすのがうまいやつだ。
「第一問目!私の好きな食べ物は何でしょう」
「定番ですね。……イチゴとか?」
女の子にはこう答えておけば差し障りない……と思う。嫌がる子も、それほど喜ぶ子もいないだろうからな。
「おお!正解だ!やっぱり君は私の婿になるだけはある!どうだ、ここにサインでも」
「何でですか!ってかどこから持って来たんですか!」
「ん?市役所だけど?」
婚姻届を通学カバンから出す生徒はここにしかいないだろう。そして名前と印まで押してあるときた。抜けてるのかしっかりしているのかどっちかにしてくれ!
「ほら、それしまってください。しかもまだ17歳なんで書けません!無理やり話戻しますけど、俺の好きな食べ物はわかるんですか?」
「勿論だとも。君の好きな食べ物はりんごだ!ふっ、可愛いな」
「せ、正解です」
俯いて顔を赤らめた。いやお前が照れるなよ。
だが待てよ。俺の好物は世間一般に牛丼で通っている。理由はもちろん、男らしいから。りんごが大大大好きなんて恥ずかしくて言えない。なのに何故迷う事なく、りんごと答えられるのだろう。不思議だ。
「愛の力だよ」
「人の心を読むなっ!」
「続けて第二問目!私の……」
「流すなっ!」
そんなこんなでもうそろそろ我が家の前。
「な、何故だ……!」
「ふふふ、私の情報網を見くびってもらっては困るよ。それと愛の力もね。」
好きな食べ物を始め、好きなスポーツ、足のサイズ、お風呂の平均入浴時間から昨日ののお手洗いの回数まで。きっちりと当ててきやがった。
平均入浴時間とか俺すら知らないんだけどね。
「……さみしいが、もうすぐ君の家にも着くことだし、そろそろ自己紹介を始めようか」
「そうですね、お願いします」
そう言って少し走り立ち止まったかと思ったら、勢いよく振り向いた。
……なるほど。夕陽をバックにしたかったのか。
「私は虹野空!ヶ丘中の3年生!そして、君!瀬山陸の嫁になる女だ!!」
「……いやまだ決まってないし。へー。虹野さんは俺の妹と同い年なん……って、え!?妹とって事は俺の2個下!?」
「ん?何をそんなに驚く事がある。私は正真正銘、15歳だぞ。ちなみに誕生日は8月15日だ。二ヶ月前に終わってるな」
残念だ。もう少し早くアタックしていれば。
とか訳分からん事をほざいている女は年下らしい。
うわー。今まで年下に敬語使ってたのかよー。
「よし、決めた!!」
「へ?嫁にしてくれんの?」
「違う!今からお前に敬語は使わん!そしてお前は敬語を使え。分かったか、空」
「きゃっ、空だなんて」
「ぽっ。じゃねぇよ!もういい、俺は帰るからな」
「かしこまりました、ご主人様」
何かちがーう!!
でも、もうだるいからいいや。冷たく当たっていればあっちも冷めるだろう。
いつものように玄関の前に立ち、鍵を取り出す。鍵穴に差し込み、回そうとしたその時。
勝手に扉が開く。もちろん、そんな物騒な機能をつけた覚えはない。
そして、前後から同時に声がした。
「さよならのちゅーですよ、ご主人様」
「お兄ちゃん、おかえりなさいっ!」
無論、奴からの攻撃をよける事も、妹の目をふさぐ事も出来なかった。
……さて、どうしたものか。
ダメだしお願いします。