七夕の列車
東京近郊を走る、古びた高架電車。
外は今日も止むことのない雨が降り続き、車内には湿った気配が充満している。窓ガラスに映る、かつてよりも白くなった髪を見て、静江は小さく溜息をついた。
今年の七夕も、また雨だ。
最後に晴れた空を見たのがいつだったか、もう思い出せない。
空はいつも灰色に塗り潰され、雲は厚く、星の影さえ掴めない。織姫も彦星も、今年も会えないだろう。
昔はよかった。夫とこの電車に乗って、七夕祭りへ出かけたものだ。
短冊に願いを書き、屋台の湯気を二人で分け合った。子供を連れた時は、その柔らかな髪を丁寧に結ってやった。
今は夫もいない。孫たちは遠いドーム都市へ移り、私はこの雨の地上に取り残された。
この電車だけは、今も走り続けている。
毎日同じ時間に、同じ線路を。人混みの中で誰かを探すかのように、あちらへ行き、こちらへ帰る。
織姫と彦星は、この永遠の雨の向こうで、互いを見つけられずにいるのだろうか。
「晴れますように」と書けば身勝手だろうか。「雨に慣れますように」と書けば、それは諦めになってしまう。
それでも、私は短冊に筆を走らせる。
「いつかこの雨が止んで、星の夜が来ますように」
「離れてしまった人たちと、もう一度ちゃんと会えますように」
夫に会いたい。孫の顔を、画面越しではなく、この目で見たい。
叶わぬ願いだと分かっていても、想いだけは、この線路に沿ってどこかへ届いている気がする。雨音と車輪の音が混ざり合うこの車両は、誰かと語り合うための「隔離された聖域」なのだ。
窓の外を流れる暗い雨景色を見つめながら、静江は心の中で呟く。
「織姫さん、彦星さん。今年も会えなくて、ごめんね」
私も同じよ。想いを抱えたまま、この雨の夜を越えるわ。
また来年、この電車が動いていたら、またここで願いを書く。
たとえ星が見えなくても、願いを止めてはいけない。
それが、七夕というものなのだから。




