下(完)
あれからしばらくして、俺はカフェで衝撃的な言葉を受けていた。
「好きです」
いつものようにサヨリちゃん話に花を咲かせているその時、何の前触れもなくセイヤはそう言った。
「推し友達としてじゃなくて……。あなたのことが、好きなんです」
一瞬、言葉を失った。
それでも、ひどく真剣なその眼差しに俺は何かを答えなくてはと口を開く。
「俺は、四十過ぎのおっさんだ……」
「知ってます」
「おまけに、何もない。君みたいな若さも、勢いも、未来も……」
「それでも、好きになってしまったんです」
セイヤは、どこまでも真っ直ぐな男だった。
いくら俺が説得しても、引くような真似はしなかった。
「俺は、あなたと話をしている時が、一番落ち着くんです。誰よりも、あなたのそばにいたい……」
恐れを知らないその言葉に、俺は怖くなってしまう。
その若さを、希望を、奪ってしまうような気がしていた。
娘のような年頃の青年を、俺が好きになってはいけないと。
「……少し、考えさせてくれないか?」
そう伝えれば、セイヤは目を伏せて頷いた。
それは、サヨリちゃんがよくするあの目だった。
一途な恋に生きて、永遠の愛を歌うあの曲の時のような。
しばらく、俺はセイヤと距離を置いた。
メッセージの返信は、すぐにはしなかった。
一呼吸おいて、業務の後で、時には何日も遅れてしまうようなこともあったけれど、それでもセイヤは責めるような言葉は送ってこなかった。
だが、サヨリちゃんの歌を耳にするたびに、思い出す。
セイヤの嬉しそうな微笑みや、楽しげにリズムをとる声、うっとりとしたような眼差しを。
孤独に戻った部屋で、俺は思う。
男同士の未来の保証は、どこにもない。
しかし俺自身の、孤独に老いる未来だけは、はっきりと見えてしまう。
このまま誰も愛さずに、誰とも言葉を交わすことなく、独り寂しく生涯を終えるのかと。
数日後、俺はセイヤに連絡していた。
「……会えないか」
短い電話だったものの、セイヤはすぐさま飛んできた。
「怖いんだ……」
薄暗い喫茶店で、俺は、正直に胸の内を明かしていた。
「セイヤの人生を、縛るかもしれない。未来を、奪うかもしれないと思うと……」
「縛られませんよ」
セイヤは、首を振ってこう言った。
「ただ、一緒に聴きたいだけなんです。サヨリちゃんの曲を、これからもずっと。あなたと二人だけで……」
その言葉に、胸が詰まる。
「絶対、迷惑にはならないようにします。だから……だから……」
苦しげに寄せられた眉に、気付けば俺は、そっと頭を撫でていた。
「わかった。……わかったよ……」
そして俺たちは、付き合うことになった。
付き合うと言っても、俺たちの関係はこれまでと何ら変わりはなかった。
大げさな約束は、しなかった。
ただ、一緒に音楽を聴く。たまに、一緒に飯を食う。
仕事の愚痴を聞くこともあれば、俺がアドバイスを貰うようなこともあった。
セイヤの家でDVDを観ることもあれば、俺の家に泊まるようなこともある。
休みが合えば、映画館に行ったりして暗闇の中で手を握り合うようなこともあった。
触れ合うだけの口づけも、サヨリちゃんの曲をBGMに、もう何度も交わしていた。
それでも、それ以上のことはしなかった。
セイヤのことを傷つけたくはなかったし、俺もまた自信がなかった。
それでも気がつけば、もう何年もセイヤと一緒に俺は歳を取っていた。
白髪染めを手伝いながら、セイヤは静かに笑っていた。
「俺たちも、幸せになれますよね?」
「……なれるさ」
切ない恋心を歌うサヨリちゃんの曲が流れる部屋で、俺は初めて、第二の人生を生きているような気がしていた。
輝かしい青春は、もう二度と戻らない。
だが恋は、この愛は、何歳からでも始められる。
あの時と変わらぬ声で、サヨリちゃんがそう歌っていた。
完




