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4 初めての魔物、そして恐怖体験

 とりあえず、フウコが指さす方向を見つめるが、ただ荒野が広がっているだけで、魔物のマの字も見えない。


 「あー、まだ見えはしないと思うよ。ちょっと遠いからねー」


 「見えはしないっていうことは、フウコの能力で魔物の存在が分かったということ?」


 「そうそう。私ぐらいになると、普通にしてても、けっこう広い範囲のことがわかっちゃうからね! なにしろ風の精霊ですから!」


 フウコが腰に手を当てて胸を張る全身で”どや”と言っているようなポーズを決める。


 まあでも実際、すごい能力だよな。相当の索敵能力を持っているわけだし、魔物から逃げようとすれば多分逃げることはできるだろう。


 「で、さっき決めたみたいに魔物の方に近づいていっちゃっていいんだね?」


 そう、フウコが言うように、僕は魔物から逃げずに近づいて倒すことに決めていた。


 理由は、まず、この世界で生きていく以上、ずっと魔物から逃げ続けられるとは思えないこと。逃げられないなら、フウコという強力な戦力がいる今のうちに実際に魔物を自分の目で見ておきたい。フウコも、その辺の魔物なら楽勝って言っていたしね。


 それから、もしかしたら、水分補給ができるかもという目論見も無くはない。つまり、魔物の血液狙いだ。


 実際のところ、魔物だろうが動物だろうが、血をそのまま飲むというのはすごく抵抗がある。まずいんだろうなとか病気にならないだろうかとか、いろいろ心配もあるし、そもそも体が受け付けないかもしれないという気もしている。


 でも、水が足りていないというのも事実だ。手持ちの水は、この世界に来てからまだ一口も飲んでいないペットボトルに入ったお茶のみ。「お~い」ってお茶の方から呼びかけられているけど、なんならこちらから呼びかけたいぐらい貴重な飲み物だ。


 そして、人に会うまでは数日かかる可能性がある。数日というのもフウコが言っていることで、精霊と人間の感覚はずいぶん違うみたいだから、もしかしたら十日以上かかる可能性もある。


 そして、飲み物になり得るものはこの周辺には魔物の血液ぐらいしかない。


 つまり生き延びるためには、魔物の血を飲むしかない可能性が大だ。そして、どうせ魔物の血を飲む可能性が高いなら、早めに試しておくべきだろう。


 と、頭の中では考えているんだけど、さっきから嫌な気持ちが消えないんだよね。


 実際、魔物の方に進む気持ちになれないのは、怖いのよりも血を飲むのが嫌だというのが大きいんだと思う。


 でもそうもいっていられない。生き死にがかかっているんだ。ここは気合を入れて行こう。


 「うん、魔物に慎重に近づこう。どれくらいで遭遇するかわかる?」


 「え? そうだなあ。ケースケと出会った所とここまでの半分ぐらいの距離かなあ」


 確か、ここまで30分くらいは歩いてきたな。ということは15分ぐらい歩くと魔物と遭遇か。


 「確認だけど、フウコなら確実に簡単に勝てるんだよね?」


 「余裕だよー! ケースケの魔力もちょっとしか使わなくて大丈夫だよ!」


 フウコが自信満々すぎて、逆に不安が湧いてくる。油断とかフラグとかいう言葉が浮かんできたけど、でも、僕には全然経験がないんだし、任せた方が安全という気もする。


 「よし、じゃあ魔物の方に向かおう!」


 「オッケー! じゃあついてきて!」


 「フウコ、くれぐれも慎重にね。僕は絶対に怪我とかしたくないんだからね」


 「ケースケは心配性だなあー。私に任せておきなさいって!」


 うん、心配だけど、ここはやるしかない。覚悟を決めよう。


--------------------


 そして、歩いてくと、遠くの方にカバみたいなやつが見えてきた。いや、カバというかでかいトカゲか? 頭の方はカバみたいに四角くて、尻尾はトカゲみたいに伸びている。


 「フウコ、あれが魔物だよね?」


 「そうだよー。 あれはイザドの一種でね、砂漠イザドだよ」


 イザド? リザードとかじゃなくて? そういう名前の魔物なんだな。


 「強そうだけど、大丈夫そう?」


 実際、遠いからはっきりしないけど、体長が3メートル、いや、もっとあるかもしれない。


 「大丈夫だって! ていうか、ケースケはなんでしゃがんでんの? おなか痛くなった?」


 「いや、できるだけ見つからないようにした方がいいかなと思って」


 「あー、そんなことしなくても大丈夫だよ。あいつ目が悪いから」


 「そ、そうなんだね。じゃあ、これからどうしよう?」


 「ケースケはあいつを観察したいわけなんだよね? じゃああいつに近づく?」


 「近づいても大丈夫?」


 「まあ大丈夫でしょ。足はけっこう速いし口から吐く酸は割と遠くまで飛ぶけど、大きな音を立てなければこっちは風下だからケースケに気付かないと思うよ」


 おいおい、あんなにでかいくせに足が速くて口から酸を吐くの? そんなのに襲われたら、あっという間にあの世だよ。


 やばい。足が全く動かなくなった。顔から血の気が引くのを感じる。近づいて観察したいとか、僕は馬鹿なのか。あんなのに近づいたらまずいに決まってるだろうが。


 「ケースケ、近づかないの? じゃあもうちょっと観察しやすくしてあげるよ」


 え、どういうこと? フウコが僕の右側に並ぶように近づき、右手を握る。


 え、え、無理やり引っ張っていく的なこと? ちょっと止めてくれ! そうまでして魔物を見たいとか無いから! あ、魔力が抜ける。大丈夫なのね、フウコ。


 あっ、イザドが顔を上げた。え、こっちを見た!?


 「風向きを変えたから、イザドがこっちの匂いに気付いたよねー」


 はぁ!? ちょっと、何やってんの?


 ちょっと! イザドがすごい勢いでこっちに走ってくる! なんか顔面がでかくて軽トラックが向かってくるみたいだ! 転移の時にはトラックに轢かれたわけでもないのに、こっちの世界でトラックみたいなやつに轢かれるなんて!


 そんな馬鹿なことが頭に浮かびつつ、逃げなきゃと体に言い聞かせるが、体は石にでもなったみたいに全く動かない。だめだ、このままじゃ殺されちゃう!


 その時、また右手から魔力が抜ける感覚を感じた。そして、次の瞬間、ズパッという音が鳴り響き、イザドの首が胴体から切り離された。


 「もおー、ケースケ、油断しちゃだめだよー。棒立ちだったじゃん」


 た、助かった? フウコがやったのか?


 「まあ、イザドぐらいならどうせ私が一撃だけどさぁ。というか、ケースケがでっかい声で叫ぶから、イザドも興奮しちゃってゆっくり見られなかったじゃん。しょーがないなー」


 いや、フウコさん? こんな話聞いてないですからね… 足から力が抜けてへたり込みながら、フウコへの抗議が頭の中に浮かぶ。


 というか、僕、叫んでいたんだな。全く気付いてなかった。いや、僕、漏らしてないだけえらいと思うよ。多分、涙目にはなってるけど。


 とりあえず、危機は去ったし、無傷で生きている幸せを噛みしめよう。その後のことはそれから考えよう。

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