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3 精霊さんのお名前は? そして出発

 とりあえず、魔物に遭遇してもなんとかなりそうだし、次は水を手に入れなくては。精霊さんが人のいるところを知っているみたいだから、そこに向かうべきだな。


 「わかった、出発しよう。でもその前にさ」


 「ちょっとお!」


 飛び立ちかけていた精霊さんが、空中で転びかける。いや、空中だし実際には転ばないのだろうけど、転んだようなアクションをする。気付いていたけど、この精霊さん、ノリがいいというか、テンションが高いというか、なんかずっと楽しそうなんだよね。精霊ってみんなこうなんだろうか。


 「ちょっとノリが悪いよー。もう出発する流れじゃなかったかなー」


 どうも精霊さんも同じようなことを考えていたみたいだ。


 「ごめんごめん、でも出発前に聞いておいたほうがいいかなと思うことがあってさ」


 「ん? なに?」


 「精霊さんはついてきてもらっても大丈夫なの? 僕、何もお返しできないかもしれないけど」


 「あー、そういうこと! いーよいーよ、全然気にしないでよ! こんな楽しそうなこと、中々ないんだから!」


 なんかわかんないけど、楽しそうらしい。そんなに楽しいかなと思ったけど、精霊さんはもうすでに楽しんでるみたいな口調でそのまま話し続ける。


 「お兄さんを見つけた時も、これは面白くなりそうとだとすぐ直感したね。そんなわけで、お兄さんを観察することに決めたわけよ。あの時の決断は我ながら賢かった!」


 精霊さんが僕のそばにいたのは、そんな理由だったのか。ろくにお礼もできなさそうなのに面倒なことに付き合ってもらうのは申し訳ないという気持ちもあったんだけど、楽しんでいるならいいのかな。


 「わかった、じゃあ悪いんだけど、一緒に来てくれる? 正直言って、精霊さんがいてくれないと、生き残れる気がしないんだよね」


 「ちょっとー、悪いとか思わなくていいから! ただの気まぐれだし、嫌になったら逃げちゃうだけだし、全然気にしなくていいんだからね!」


 うお、これはツンデレとかじゃなくて完全に本音だな。はっきり言って、こんな荒野で精霊さんに見放されたら生きていく自信はないし、嫌われないように気を付けなくては。


 「まあでも、お兄さんは悪い人じゃなさそうだし、人と会うところまでは付き合ってあげるよ。じゃあいよいよ出発でいいかな?」


 「あ、あとさ」


 「まだ何かあるのー!?」


 また盛大に転ぶアクション。ごめん、ボケてるわけじゃないんだ。ちょっとテンポが合わなかっただけで。


 「いや、大したことじゃないんだけど、ちゃんと名前を名乗ってなかったなって思って。僕は山本恵介」


 「家名持ち!? もしかして貴族様だった?」


 「いや、僕の世界、というか僕の国では全員名字を持っているんだ。僕は平凡な庶民だよ」


 「平凡な庶民だったかー! やっぱりねー!」


 うん、他人から言われるとほぼ悪口だね。


 「じゃあケースケって呼ぶね! まあケースケが貴族でも私は精霊だからまったく気にしないんだけどねー! どっちかっていうと平凡な庶民の方が気楽でいいよねー」


 そんなに平凡な庶民って連呼しなくてもいいけどね。間違ってはいないんだけどね。


 「それで、精霊さんの名前は?」


 「ん、私? 私は名前はないよ。精霊はだいたい、ちゃんとした名前はないんだよねー」


 「じゃあ、僕があだ名をつけてもいいかな? 名前がないと不便だしね」


 「あだ名!! いいよそれー! かわいい感じでお願いしたい!」


 うお、すごい食いつかれた。まあでも、本当の名前だったら一生もんだし、いろいろ気を使うけど、あだ名ぐらいだったら、気に入らなかったら使わなくてもいいしな。気楽に考えよう。


 「じゃあフウコで。僕の故郷の言葉で風の女の子ぐらいの意味だけど、どうかな」


 「フウコ!!」


 カッと目を見開いて固まる精霊さん。これは外しちゃったか。安易すぎたかもしれないし、別の名前を…「いいねー!! フウコ!! かわいいじゃーん!!」


 おっと、大丈夫だったらしい。まだまだフウコの感情は僕には読めないみたいだ。まあ、とりあえず気に入ってもらったみたいでよかった。


 「ケースケ! おぬし中々に名付けセンスがあるようだな!!」


 この精霊、おぬしとか言い出したよ。ちょっとこのテンションに付き合うのは大変そうだし、そろそろ行こうか。


 「じゃあいよいよ出発しようか」


 「おー!! いよいよだね! フウコとケースケの伝説の始まりだー!」


 うん、伝説になる前に生き延びられるかが心配なんだけど、まあしばらくしたらフウコも落ち着いてくれるだろう。


 そして、いよいよというか、ようやくというか、この世界に来てから初めて移動することになった。色々あったとはいえ、ずいぶん長く初期位置に居続けてしまった気がする。このペースで僕は大丈夫なのだろうか。とにかく心配なのは飲み水がないことだ。どうも、もうちょっと危機感を持った方がいいのかもしれないな。


--------------------


 ということで、人がいるという方向に向けて出発した。


 歩きながら、フウコにこの世界の事を聞いてみたが、この辺りはかなり広い範囲で荒野が広がっているらしい。かなり広い範囲ってどれくらいと聞いてみたけど、どうも何百キロメートルとかそれ以上とか、とにかくかなり広い範囲が荒れ地になっているらしい。


 「ちょっと前までは自然豊かだったんだけどねー」


 とフウコはふわふわ浮かびながら言っているが、精霊のちょっと前ってどれくらい前だろうか。知るのは怖いな。


 そしてこの辺りが荒野になってしまっている理由だけど、どうも人間の国家がやらかしてしまったらしい。ズドーンとかドカーンとか、やたら擬音が多めの説明だったのではっきりはしないけど、魔法なのか、それとも兵器みたいなものがこの世界にもあるのか。


 どちらにしても、人間の国に行くときにも慎重に行動した方がいいみたいだ。国と対立してドカーンとかごめんだからな。


 そんなことを話しながら歩いていたら、突然フウコが前に飛び出した。


 「ん? 何かあったの?」


 「うん、魔物発見だね!」


 いよいよ魔物と初遭遇か。うん、急に前に進みたくなくなってきたぞ。

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