2-4 ”よごれ”、そして土の大精霊
そして僕たちは、“よごれ”が見えるところまできた。
よごれとは、どうにも説明しづらい薄汚れた鼠色でどろどろの大量の何かだった。それが、山の中腹のあたりの平坦になったところにたまっている。遠めに見ても、丸い池みたいになっていて、その大きさは直径15メートルぐらいはありそうだ。
うん、これはエグい。よごれとか、そんな洗剤で落とせそうなかわいいやつじゃない。匂いは感じないけど、それでも吐きそうな気分になる。
「こ、これは何なのだ!?」
トゥハンの顔も真っ青になっている。
「これが何かはほんとのところ、フウコにも分かってないんだよねー。でも、生き物がちょっとでも触ったり飲んだりしたら、死んじゃうだろうねー」
僕がフウコの言葉をトゥハンに伝える。
「こんなもの飲むやつがいるか!」
「そうなんだけど、もしあれが山の下の方にこぼれ出したら、川に流れ込んじゃうんだよね」
うあ、僕にもようやく事態が飲め込めた。これはやばい。
トゥハンにフウコの言葉を伝えたら、引きつった顔で固まってしまった。
そんなに簡単にあのよごれっていうのがあふれ出したりはしないのかもしれないけど、もし地震でも起こったらどうなるか。予断は許されない。
だけど、どういう手がある? 頭の中で出来る方法を探すが、有効な手段は思いつかない。
これは、エインさんには悪いけど、シバ族は移住した方がいいんじゃないだろうか。あんなものが流れ込むかもしれない川に依存しているのでは、いつ駄目になるか分からない。
そんなことを考え、暗い気持ちになっていた時、体が突然震え出した。なんだ? 恐怖ともなんともつかない感情に心が支配され、パニックになる。トゥハンの顔も真っ青になり、体をかがめながら周りを見渡している。
いや、これは体じゃなくて大地が揺れている。いや、両方か? うわ、やばい! 僕の動物としての本能が叫んでいる。ここにいたら絶対やばい!
その時、フウコが能天気な声で言った。
「あ、来た来た! おーい、こっちだよー」
え、どういうこと? フウコ、何言ってんの? フウコが何かしたの? 何がどうなってどういうことなの?
「言われんでもわかっておるわ。落ち着いてそこで待っとれ」
背中の方から、地の底から響くような低く大きな声が聞こえた。だ、大丈夫なのか!?
恐る恐る振り向いたら、そこにはとんでもない大男がいた。あ、腰が抜けた…
尻もちをつきながら、大男を見上げる。ビルで言うと十階建てぐらいの身長か? ぼさぼさのこげ茶色の長髪にでっぷりとした体格、え、もしかしてドワーフか? ドワーフって身長は低いんじゃないの? この世界のドワーフはこんなにでかいのか?
それに、体中にやけどの跡みたいなのとかかさぶたみたいなのが沢山あって、それも恐怖心を増幅させている。一切何なんだ、この存在は?
そいつは、こっちを睨みつけるように見て言った。
「なんじゃ、座り込みよって。お前が精霊と話せる人間か?」
あ、もしかしなくても精霊なのか? そういえばフウコと話していたから、多分精霊だ。パニクって思いつかなかった。
「あ、あ、あ…」
精霊なら挨拶しなきゃと思ったけど、口から言葉が出てこない。どさっという音が聞こえたのでそちらを見ると、トゥハンが倒れていた。
「ちょっとー。ケースケもトゥハンもびびってるでしょ。何とかしなさいよ」
「おお。人間と接するとこうなるのじゃったな。忘れておったわ」
ん? ちょっと体が軽くなったか? そう思ったら大男の体が縮みだした。
ぐんぐん小さくなっていき、僕の身長よりさらに小さく、僕の胸ぐらいの身長になった。でも肩幅が僕の2倍ぐらいあるから、迫力はすごいな。
でも、体の震えは止まったぞ。上半身を直立させて、深呼吸をして、よし、話もできそうだ。
「こ、こんにちは。精霊の方ですか?」
「おう、我は土の大精霊だ。ほーう、本当に我らを見えるのだな。実に興味深い」
「お、恐れ入ります。えっと、連れが倒れたのが心配なので、ちょっと待っててもらえたりしませんか?」
「おお、良いぞ。精霊は気が長い。ゆっくり介抱してやるとよい」
「ありがとうございます」
精霊って気が長かったっけ?、とか思いながら、僕はトゥハンの方に近寄って行った。あ、息しているし大丈夫そうかな。
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倒れているトゥハンに声をかけてみたら、意識を取り戻した。ちょっと事情を説明し、そのまま休んでおいてもらう。
なんかその間に、土の大精霊さんとフウコがおしゃべりしているけど、大した内容じゃなさそうだから気にしないことにする。なんか、フウコが自分のあだ名の話しをしたり、名前の由来を聞かれたりしているし、多分、聞き逃しても問題ないだろう。
さて、それでは土の大精霊さんとお話ししよう。どう考えても強大な存在だし、失礼のないようにしないとな。
「お待たせしました。改めまして、僕はケースケと言います」
「うむ、我はマルドゥングラの土の大精霊である。連れの者は無事か?」
「はい、大丈夫でした」
ただの精霊さんではなく大精霊様だったんだな。精霊と大精霊がどう違うのかちゃんとは分からないけど、迫力だけでも偉大な存在だとわかる。いやあ、桁違いだな、さすがは大精霊。
「それは良かった。我のせいで死んだりしたら、済まんからな」
「そーだよー。せっかく会えたんだから死んだら困るんだから、気を付けてよねー」
フウコが口をはさむ。
でも、土の大精霊さんは、すごい怖かったけど、心配してくれるあたり、人の好い精霊さんらしい、人じゃないけど。死んで済まんではすまんのだけど、まあ精霊さんだしな。まあでも、フウコ、釘を刺してくれてありがとうね。
「大精霊さまは、僕たちに会いに来てくれたのですか?」
「うん? 聞いておらんか? マカナラ川の精霊からここに来るように言われておったのだが」
なるほど、川で会った水の精霊さんが、話を通しておくって言っていたな。この土の大精霊さんの事だったわけね。
「なんとなくは聞いていました。それで、実は、あのよごれを何とか出来ればと思っているのですが…」
「うむ、なんとかするがよい。我も大変迷惑しておる。まったく、人間というのは実に愚かで度し難い」
「あ、人間の仕業なのですね。僕は先日異世界から来たもので、その辺の事情が分かっていなくて」
やっべ、人間がやらかした結果だった。この世界の人間め。お前たちが愚かで度し難いせいで、僕は怖い思いをしているんだぞ。とにかく、僕は無関係だということをアピールするため、異世界から来た事を強調しなくては。
そしてフウコ、「そうだね、人間は愚かで度し難いよね」とか、意味が分かって言ってる? もしそうなら、ちょっと影響を受けやすすぎるかも。僕も人間だけど、愚かで度し難くはないからね、多分。
僕は慌ててごまかしていると、土の大精霊さんは、ぎょろっとした目で僕の体を下から上へ眺めて言った。
「うむ、異世界からの来訪者か。他の世界から来るなど、大変珍しい経験をしたな。我ですら、聞いたことはない」
あ、聞いたことがなかった。偉大な存在なんだから、知っててもいいと思うんだけど。うーん、これはこれで残念だ。ただ、今はよごれを何とかすることを考えねば。




