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12 木の精霊さんのお名前、そしてデモンストレーション開催

 まさか、木の精霊の力を借りるための最初の課題が、あだ名を付けることだとは。というか、木の精霊さんはあだ名は別に要らないんじゃないのかな?


 「あだ名ですか。私もかつてはエイヌディンバの森の精霊と呼ばれていましたが、懐かしいですね」


 すごく立派な名前をお持ちで。別にその名前を名乗ってもいい気もするけど。


 「ですが、今は森と呼べるほどの木々の無く、また、エイヌディンバというこのあたりの地名を覚えている者もいないでしょう」


 あ、なんか悲しい雰囲気になってしまった。


 「そーだよ! だから木の精霊ちゃんも心機一転、新しい名前を名乗った方がいいって!」


 はあ、こういう時は空気を読めないマイペースなフウコの明るさが助かるな。風の精霊なのに空気が読めないのが取り柄とは、フウコもなかなか難儀な存在だな。


 「でも、木の精霊さんはあだ名とか要りますか? 別に無理に付ける必要はないと思いますよ」


 「もし真の名を命名するというのであれば、大事になってしまいますが、あだ名や異名などであれば特に問題はないでしょう。呼び名があった方が村の人々にとっても便利でしょうしね。もしよろしければ、ケースケさんにつけていただければよいように思います」


 うん、どうもこの課題からは逃げられないみたいだ。仕方ない、なんか考えよう。あだ名だし、きっと気軽に付けてもいいはずだしな。


 うーん、木とか森とかでいいのがあるかな。それか、元の呼び名の一部を使うとか。確か、エイヌディンバとか言っていたな。じゃあエイヌとか。でも女性の精霊さんだし、もうちょっと可愛い方がいいよな。じゃあ…


 「エインとかどうでしょうか。エイヌディンバの一部を取ってみたのですが」


 「おー可愛いじゃん! いいと思うなー」


 木の精霊さんより先にフウコに褒めてもらった。まあ悪い気はしないけど。


 「私もいいと思います。昔の地名が少しでも残るのもうれしいことですしね」


 というわけで、木の精霊さんのあだ名は「エイン」に決まった。ふう、まずは難題を無難に乗り切ったというところかな。


--------------------


 そして、その日の正午過ぎ、村の柵と林の中間あたりに10人ほどの村人が集まっていた。


 はあ、これもなかなか大変だった。まずは、エインさんとフウコと作戦会議をして、エインさんの力を村人たちに実際に見せるのがいいだろうということに決まった。そのやり方も、3人、いや正確には1人の人間と2体の精霊かな、ともかくみんなで考えた。


 ただ、見てもらうための根回しをするのは僕なんだよね。エインさんに「どうかそのお力を振るってください」とか言われたけど、僕の役割は主に交渉とかだし、なんか「お力」とかいう大層なものでは無い気がしてならない。


 長老からも信頼を得られているわけではないし、トゥハンみたいに警戒心を隠さない人もいるし。どう交渉したものかと頭を悩ませたが、いいアイデアも浮かばなかった。結局、誠心誠意お願いするしかないということで、長老の家に向かった。


 長老の家には、長老と長老の奥さんがいた。ちなみに、僕が息も絶え絶えにこの村にたどり着いたときに、僕を助けるようにみんなに促してくれていた人だった。名前はヨチマさん。挨拶したときに、その時のお礼も伝えておいた。


 長老からは、怪訝な表情で僕の受け入れについてまだ決まっていないと言われた。多分、僕が催促しに来たと思われたのだろう。


 さて、僕の交渉材料はこの村の窮状だ。エインさんからの又聞きだが、この村は、食料や水、魔物対策などが課題のはずだ。また、恐らく燃料なんかも乏しいのではないだろうか。エインさんが力を取り戻せば、この全てで状況が改善する可能性がある。


 僕は、単刀直入にこの村の課題を解決できる可能性があることを説明した。僕の感触だと、魔物対策という部分が一番感触があった気がする。長老の奥さんもこの辺りから真剣に聞いてくれていたっぽい。


 そして、実際に精霊の力を見てほしいとお願いした。とにかく、新商品の売り込みなんかと同じで、デモンストレーションが一番だよね。元の世界で見た包丁の実演販売もすごい売れてたよなあ。


 長老はちょっと渋る感じもあった。あまりにも常識外のことで信じていいものかどうか迷ってるようだった。でも奥さんの「いいじゃないのよ、あんた。ケースケがこんなに言ってるんだし、見てみるだけなんでしょ」という一言でデモンストレーションの開催が決まった。


 なんとなくだけど、長老、もしかして奥さんの尻に敷かれてたりする? そして、余談だけど、フウコは長老の奥さんのことを「あの人は見所があるよ!」といっていたので、フウコには気に入られたのかもしれない。


 というわけで、しばらく後に長老と奥さん、それからトゥハン他何人かの村人が林の近くに集合した。子供もいるし、多分、長老たち以外の村人は野次馬っぽい。あ、朝ご飯を運んでくれた女の子もいるな。トゥハンのすぐ斜め後ろにいるし、やっぱり兄妹かな? まあ、みんな娯楽にも飢えているんだろうし、ちょっとした見世物ぐらいに思われているんだろう。


 「皆様、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます」


 まずはご挨拶、そして深々と頭を下げる。そう、今こそ3年間の社会人生活で培ったプレゼン能力を発揮する時だ。


 「本日は、精霊の力の一端を皆様にお見せいたします。また、精霊の力を借りることで、この村がより安全により豊かになる方法を提案いたします」


 うん、多分話し方が硬かった。会社の先輩にも、プレゼンになるとすぐ硬くなるって指摘されたことあったよな。でも仕方ない、このままいくしかない。


 「論より証拠と申します。早速ではございますが、精霊の力を見ていただきましょう。皆様、どうか林の向こうをご覧ください」


 なんか、村人の皆さんが冷めた目をしているみたいで、ますます口調が変な感じになる。なんか、顔が赤くなってきたかもしれない。


 でも、僕が林の右手の方に目を向けると、みんなも怪訝な表情を浮かべながらも素直にそちらに向いてくれた。ここからはフウコとエインさんが頑張ってくれるはずだ。


 僕は右手を掲げる。これは、仕込みを済ませているはずのフウコへの合図だ。


 しばらくして、遠くから砂煙が上がる。よしよし、大丈夫そうだぞ。


 砂煙がだんだん近づいてくる。疑わしげな表情でそれを見ていたトゥハンが、突然大声で叫んだ。


 「おい、リュカプがいるぞ! 気を付けろ!」


 そう、猪型の魔物、リュプカが3頭、砂煙に追いかけられるように林に向かって走ってきていた。


 「大丈夫です! 予定通りです!」


 「大丈夫だと!? 何が大丈夫だ。魔物だぞ!」


 トゥハンに怒鳴られた。その後ろにいるトゥハンの妹(仮)も息を飲むような顔をしている。


 確かに、村人にとって魔物は脅威だろうし、このデモンストレーションの方法は乱暴かもしれない。でも、なんとか精霊の力を信じてもらわなければならない。こっちも必死だ。


 その時、1頭のリュプカが向きを少し変え、こちら側を向いた。その瞬間、何かを切り裂くような音が聞こえ、そのリュプカの向かう方向の空気が切り裂かれた。


 「なんだ、地面が切り裂かれたぞ!?」


 そう、これはフウコの攻撃魔法だ。あの攻撃、僕には空気が切り裂かれたように見えるけど、皆には攻撃自体は見えずに、地面に出来た攻撃の跡だけが見えるんだな。


 「あれは、風の精霊の攻撃です。あの攻撃でリュプカを誘導し、林に突っ込ませます」


 「なに、あれが魔法だというのか!?」「何もないところからの魔法攻撃など、聞いたことも無いぞ」


 やっぱり論より証拠、実際に見てもらうのが一番だよね。そしてフウコの魔法だが、僕が思っていた以上に驚かれた。


 フウコも村人の反応に気付いているのだろう。いつも以上に生き生きとしている気がする。というか、笑顔でピースをしているよな。あれは、僕に向かってじゃない気がするけど、もしかして村人へのアピールか? だから、村人はフウコの姿が見えないんだってば。


 だが、今日の主役はフウコじゃない。そして、ここからが本番だと言える。


 リュプカがもうすぐ林に到着しそうだ。僕は声を張り上げる。


 「皆さん、どうぞあのリュプカにご注目ください」


 そんなことを言わなくても、みんなリュプカの方を見てるかもな。でも、ここからが今日のデモンストレーションの1つ目の注目ポイントだ。しっかりアピールだ。


 リュプカが林に突っ込む。と、林の木々の幹や枝からツタが伸びていき、リュプカが絡み取られる。そして、枝が伸びて槍のようにリュプカに突き刺さっていく。


 リュプカはそのまま、ツタに引きずられて林の中を運ばれていく。そして、僕たちがいる方に放り出された。


 村人たちは声もないようだ。トゥハンの顔なんか、ちょっと恐怖でゆがんでいるんじゃないだろうか。


 眉間にしわを寄せた長老がつぶやくように言った。


 「ケースケ殿、あの攻撃も風の精霊の力であろうか?」


 「いえ、リュプカを倒したのは、この林に宿る木の精霊の力です」


 「なんという恐ろしい力だ…」


 やばい、やりすぎたか? ちょっと引かれてるかもしれない。そういえば子供もいるんだった。しまったな、R15ぐらいの衝撃映像になっているかも。デモンストレーションに残酷なシーンが含まれていることを長老に伝えておくべきだったか。


 いかん、軌道修正だ。もうちょっと精霊の優しさや人の好さなんかが伝わるようにしていかなくては。

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