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オートキャンプ場に併設された駐車スペースで、まずケチがついた。
入口をわざとふさぐようにして、建設会社の名前を横腹に描いたトラックが置かれていたのである。
「おうおう、てめえら何者だい」
荷台からどやどやと降りてきたのは、確かに作業服は着ているものの、どう見てもまともな建設業者には見えない風体の、いかにも荒くれといった男たちだった。
手に手にバールやらハンマーやらを握っているのもまた剣呑だ。
「あ、我々は……」
部長が進み出て説明しようとしたが、男たちの腕のひとふりで簡単に脇へ吹っ飛ばされてしまった。
「何しやがる!」
まっさきに激高したのはもちろん、フォウだ。
きついつり目に怒りのきらめきをのせて、男たちに真っ向から対峙した。
「なんだあ、てめえ」
「てめえらこそなんだ!」
臆さず怒鳴り返すフォウに、男たちも勝手が違ったらしい。一瞬互いに視線を交わし、ややうろたえた。
「お、俺はたちは……」
しかしすぐに形勢を取り戻し、全員が偉そうに胸を張る。
「見てのとおりだ! 俺たちはこの土地の権利者から再開発の依頼を受けて、周辺調査をしている会社の者だ」
「へええ。なんで調査にハンマーが必要なんだよ」
「こ、これは……しかたないんだ! 調査を妨害するやつがいたときのための、自営手段だ!」
「調査の妨害? 熊とかイノシシとかか?」
「てめえらのようなヨソ者のことに決まってるだろう!」
「はあ? ヨソ者だあ?」
フォウがさらに目を危険に細めた。
和彦は慌ててフォウの背後に駆け寄り、そっと腕に手をかけた。
まさかいきなり殴り合いになることはないだろうが、現場はまさにそういう雰囲気になっている。せめてこちらから先に仕掛けたなどと言われ、悶着の種を作ることは避けたいと思ったのだ。
そこへまた一人、地元民が現れた。
「あああ! み、みなさん落ち着いてください!」
町名の入ったつなぎを着た初老の男である。
白樺並木の奥から転がるようにして走ってきたかと思うと、まず学生たちに向けてぺこぺこ頭を下げ、それからやくざ者たちを小脇へ呼んで、さらに深く頭を下げては何やら訴えを始めた。
フォウと和彦は顔を見合わせた。
「どういうことだ?」
「さあ……」
残念ながら、いくら説得したところで事態は好転のきざしも見せなかった。
やくざ者たちは相変わらず居丈高に怒鳴り散らし、ついには管理人を乱暴に押しのけた。
「仕事の邪魔だったいうだめじゃねえ。若い男と女ばっかりで泊まり旅行だなんて、ろくなことじゃねえ。どうせ親のスネかじりどもが、キャンプを口実にして乱交パーティをしようっていうんだろ? 良識のある大人としては、放っておけねえと言ってるんだよ!」
中でも気の短そうな五分刈りの男が、手近の男子学生をひっつかまえ、襟首を掴み上げようとした。
直前でその手を跳ねのけたのは、もちろんフォウである。
「なにすんだよオッサン!」
学生を背にかばい、真っ向から男を睨みあげた。
「乱交パーティなんてのは、てめえの了見のさもしさから出る妄想だぜ。こいつらは品行方正が人間の形になったような、この時代には珍しい超オクテの真面目学生ばっかりだ」
「ちっ、口ではなんとでもいえらあ!」
脇から二人目の男が加勢してきた。この男は物騒にもバールを振り回している。
威嚇のつもりか、それを高々と振り上げてフォウに向け振り下ろそうとした。
和彦はその手首を後ろから掴んだ。
「うわっ、こ、このっ」
優男の姿はしていても、歴戦の勇士。氷の剣がなくとも、一般人を相手にしてひけは取らない。
それどころか、かなりの手加減さえ必要なほどである。
軽く手首をひねってやると、男はぎゃあと叫んでバールを取り落した。すかさずフォウがそれを蹴とばして、拾えないようにする。数々の共闘で知らず身に付いた、無意識のコンビネーションである。
チンピラとはいえ、彼らも和彦とフォウがただものでないことはわかったらしい。
互いに不安そうな視線を交わし、いっせいに後ずさる。
「僕たちが保護者です。ご心配は無用に願います」
和彦は穏やかに告げた。
「彼らは治安を乱すようなことはしませんし、させませんよ。あなたたちの仕事の妨害もしません。たった一泊の旅行ですから、穏やかに願えるといいのですが」
「う……」
腕をひねられた男は、まだ憤然としていた。
隙あらばまた殴りかかってきただろうが、どっこい和彦とフォウに隙はない。
しばらく互いに睨み合っていたが、やがてチンピラたちのほうが降参した。
「覚えていやがれ!」
捨て台詞を残しながらも、不承不承またトラックに戻っていく。
それを見送ってほっと息を吐いた所員は、今度は学生たちの法に急いで走ってきた。
「す、すいませんすいません。どうも、遅くなりまして。えっと、予約した方は……」
「あ、僕です」
さっき押しやられた部長が慌てて手を挙げる。
引率と名前のついていた物理教師は、この近くに住んでいる友人を尋ねるとかで、とっくの昔に一行から離脱していた。ついでに、和彦とフォウに後を頼んでいった。文化部の合宿とはいえ、呆れた無責任さである。しかしそれが物理部の伝統でもあるそうな。
もっとも教師のほうも、過疎村のキャンプ場で何かトラブルが起こることなど、想定していなかったのだろうが。
「ああ、どうも。いらっしゃいませ。来る早々、お見苦しいところを……いや本当に申し訳ない」
「あのー……さっきのあの人たちは……?」
部長のもっともな問いに、所員は返事をしようとしなかった。
それよりもまずコテージの予約書の確認をしたいと言い張り、部長が差し出したプリントアウトを確認すると、次はこまごまとした注意事項を述べ立てて、別の話を差し込む隙を見せない。
おびえているようにも見えた。
「わあ! ステキなコテージ!」
まっさきに騒いだのは女子部員である。
部長が手元の契約書とロッジ番号を確かめ、ここだと指さしたのは、おとぎ話に出てくるような可愛らしい丸太作りの小屋だった。
しかも、素朴な外見とは違って、中へなだれこんでみると、かなり快適な作りになっていた。
セントラルヒーティングもついているし、キッチンにも必要な道具がずらりと並んでいた。
「あ、ここは女子の部屋だよ」
あちこちのドアや引き出しを開けようとした男子部員を、部長が制した。
「男子用に借りた小屋は、前の道をもう少し奥のほうへ上がったところにあるそうだ」
「ええー、そんなに離れてるの? この小屋の隣じゃなくて?」
「利用者が年々減っているんで、人が泊まれるように整備されてる小屋も限られているんだとさ。設備によって値段も違うから、値段の高いほうを女子用にしたんだ」
「それはどうも、好意は遠慮なくいただいちゃうわよ」
「えっ、ということは、和彦さんとはしばしのお別れね」
「なーんだ、残念。せっかくの貴重な目の保養なのに。バスの中でも、運転席からチラ見えする背中だけだったのにさ」
げにすさまじきは十代の乙女。
怖いもの知らずというかなんというか、聞いた和彦自身が目を白黒させるようなことを平気で言い合っている。
「夕ご飯はキャンプ場でバーベキューだっけ。和彦さん、そのときまでしばらくのお別れね」
「さびしいー」
「あっフォウくんがすねてる。大丈夫よ、フォウくんがいないのも、私たち女子会にとっては、同じくらいさびしいから」
「なんだよ、もののついでみてえに。ちぇっ、ハンサムはどこで何してても得だよな、和彦さん」
ともあれ女子の人気は和彦とフォウが独占した形であり、その他大勢と化した男子生徒たちの意気が上がろうはずもない。
しょぼんとしている彼らにフォウが笑いがら、バカだなあお前たち、和彦さんを運転手に雇った時点で女心がこうなることはわかってただろ、と突っ込みを入れた。
春とはいえ、山深いキャンプ場の、さらにへんぴな高台に向けて男子の行進は続いた。
そこここに雪が吹き溜まりを作っていて、道は雪解け水でぬかるんでいた。
ほうほうの体でたどりついたロッジは、女子のおしゃれなコテージをピンぼけにしたようなオンボロの建物で、男子たちの意気はますます下がった。
「うわー。こりゃすげえや」
ドアから中をのぞきこんで、フォウがまず最初に正直な感想を表明した。
「コテージどころか、これじゃあ香港の再放送でよく見てた古い日本のドラマの、場末の安アパートじゃねえか。苦学生とか日雇い人夫とかがカツカツで住んでるやつ。超人にも、こういうアパートに隠れ住んでる宇宙人が出てこなかったっけ?」
「バルタン星人ですか? フォウさんは香港人なのに、よくそんなこと知ってるなあ」
「昔の香港のテレビは日本の番組だらけだったからな」
学生に軽く返答してから、フォウは脇で同じように、しかし静かに驚いている和彦を片目で見あげた。
「なあ、和彦さん。うちの研究所の近くにもこんな避難用の山小屋があるだろう? なんなら俺たちも、あれにリゾート用コテージとかそれらしい名前をつけて売り出してみたらどうかな」
「いや、さすがにそれは無理だろう」
和彦は笑ってフォウの冗談口に応じた。
「曲がりなりにもここは観光地であり、キャンプ場でもある。ついさっき横切ってきたバーベキュー広場もけっこうな敷地面積だったじゃないか。近くには同じ町営のスキー場があるというし、温泉は鉱山の採掘中に掘り当てたという本格派。それと、忘れちゃいけないのは……」
「天文物理学の息吹?」
「そうそう、それだよ」
スーパーカミオカンデについては、バスでここまで来る途中に窓から物理教師が遠くの山を指さして、あのあたりだと言ったのが唯一の言及であった。
しかも教師はそれだけ教えると、帰りに時間を指定し、明日その時間にまたここで乗せてくれといって、無責任にも後を部長と和彦たちに任せ、バスを降りてしまったのである。もっとも、それだけ物理部の学生たちが良質であり信頼に値する、ということでもあろう。
その信頼に応えたいわけではないだろうが、物理部の男子生徒たちは、女の子たちとの一泊旅行などという魅惑の行事に臨むに当たっても、まったくもって純朴そのものであった。
女子の中に意中の相手がいる者でさえ、この旅行で急速接近して……などという野望を抱いてはいなさそうだ。
ましてや、学校の男子全員がひそかに憧れるマドンナの九条珊瑚が一緒だというのに、女神の降臨くらいの意識である。せいぜい、女神と一緒にバーベキューができて嬉しいな、というくらいのものだ。そのうちの誰かが、九条さんの私服姿を初めて見たよ可愛いなと口にしただけで、皆から大悪人のように見られるありさまだった。
和彦さんは運転で疲れているだろうから、ということで、二階の奥の、中ではいちばんマシな部屋が学生たちから提供された。
もちろん狭い山小屋のことでスペースに限りはあるから、フォウも当然、その部屋に居候である。
なけなしの荷物を部屋の隅に放り出し、フォウはまっさきに押し入れへ首を突っ込んだ。
「おっ。まあ許せる程度の布団があるぜ。敷いちゃっていい?」
「君はどこへ泊ってもまず寝床の確認だものなあ」
宿に着くと真っ先にベッドへダイビングするのがフォウの習慣である。
曰く、野宿という宣託もあるというのに、わざわざカネを出してまでそこに泊まることにしたのだから、ベッドと相性がよくなければ意味がないのだそうだ。
それこそ寒さがしのげれば野宿でも平気という過酷な国から来た王子としては、はいそうですかと言う他はない。
隣からは男子学生たちの騒ぎが筒抜けに聞こえてくる。
こちらもようやく宿泊の実感がわいてきて、大盛り上がりになっているようだ。
「お、枕投げが始まった。和彦さん、俺たちもやる?」
「……いったいなんでまた、そんな酔狂なことをしなくちゃいけないんだい」
「ちぇ。付き合い悪いの」
などと言ってフォウはさっさと部屋を後にし、すぐ隣から聞こえてきた歓声の様子では、元気いっぱい枕投げに参戦したらしい。
和彦はしかたなく、フォウが引っ張り出しかけて放っていった布団を押し入れから引きずりだし、二つ並べて寝床を作った。
枕をぽんぽんと叩きながら、和彦は自分が微笑んでいることに気づいてしまった。
僕も、枕のひとつくらい投げてみようかな。
自分で自分の思考に苦笑しつつも、和彦はふと、駐車場で出会った男たちのことを思い出して表情をひきしめた。
この土地には何か、嫌な感じの事情があるらしい。
町役場の職員に対してやくざ者たちは少しもひるんだ様子はなかったし、それどころか自分たちのほうが一段上のようなふるまいを見せていた。所員のほうも、なんとかこの場を収めることに汲々としていた。
この土地に関して、何かのトラブルがあることは間違いないだろう。
そういえば、と和彦は思い出す。
ここへ歩いてくる道すがらに、やたらと立ち入り禁止の看板を見た。誰が立てたかわからない、板きれに乱暴な字でペンキに殴り書きされた看板だった。引き抜かれて道端に放り出されている看板もあった。
うち捨てられた看板の文字はさまざまだったが、共通しているのは、抜かれている看板には常に、町役場の名前が入っていたことだ。
一方、地面につき立っているほうには主権者の名前がない。誰が掲げているのか、まったくわからない。
きな臭い話だ。
正義感が人間の形になったようなフォウがその事情とやらを知って、義憤にかられて何かをしでかすことにならなければいいのだが。
せっかくの温泉旅行、できれば何ごともなく穏やかに過ごしたいものだ。
学生たちのためにも。
そうして何より、フォウと自分のためにも。
「なんて言ったら、フォウくんに叱られるかな」
掛け布団を広げながら、和彦はひとりごちた。




