6(大地目線)
中目黒へ向かう電車の中で窓に映る自分の顔が、少し笑っていた。
(……明日も会える)
それだけで、こんなにも心が軽くなる。
彼女の姿が、瞼の裏に焼きついて離れない。
小さく手を振るあの仕草、少し寂しそうな笑顔―全部が愛おしい。
けれど同時に、胸の奥でざわめくような感情が顔を出す。
(もう離したくない)
そう思うたび、独占欲のような熱が身体の中を這い上がってくる。
おかしいのはわかってる。
今までの俺なら、恋人より仕事を優先してきた。
「冷たい」って何度も言われた。
夜遅くまでオフィスに残り、LINEの「会いたい」「声が聞きたい」を既読のまま放置する日々。
前の彼女が怒って「あなたって、ほんと冷たいね」と言った夜も、大地はただ「仕事だから」と一言で片づけた。
誰かに甘えることも、甘えられることも苦手でむしろ嫌で…
だから、距離を取ることが“正しい大人”だと思っていた。
それなのに………千沙の声を聞くと、理性なんて簡単に崩れる。
名前を呼ばれただけで、心の奥を掴まれたみたいに息ができなくなる。
甘やかしたい。甘えたい。守りたい。側にいたい。
色んな欲が湧いてきて止まらない。
俺はこんなにも誰かを欲したことがあっただろうか。
そんな事を考えている間に電車が中目黒に着く。
ホームに降りた瞬間、夜風が頬を撫でた。
(落ち着けよ、藤宮大地。まだ二日だ。焦るな)
そう自分に言い聞かせても、頭の中は千沙の事ばかり。
名前を呼ぶ声、照れたように笑う顔、細い指先。
その全部が思い出すたびに疼くように恋しくなる。
ポケットの中でスマホが震えた。
画面には“千沙”の文字。
〈今日は本当にありがとうございました。無事帰れましたか?また明日…〉
短いメッセージなのに、心臓が跳ねる。
指先が勝手に返信ボタンを押しかけて、慌てて止めた。
(……今返したら、ほんとに俺、ダメになる)
スマホを見つめながら、ふっと笑う。
「千沙……」
その名前を口にした瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
(もう……一分だって離れたくない)
電車の音も、夜のざわめきも、何も聞こえなかった。
ただ、彼女の名だけが心の中で静かに響いていた。




