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「……大地さん」
自然と、千紗の唇からその名前がこぼれた。
呼ばれた瞬間、大地の胸の奥で理性が崩れる。
視線が絡まり
次の瞬間、唇が静かに重なった。
夜の空気が止まったように感じられる。
柔らかく、確かに伝わる温もり。
一度離れた唇をまた重ねる。
今度は深く―
抱きしめる腕が互いに強くなる。
止められない。けれど―止めなければ。
大地は必死に自分を抑える。
ゆっくりと唇を離すと、互いの瞳の中に、まっすぐな想いが映っていた。
「……明日、また迎えに行く」
大地の声は少し掠れていた。
「その後……少しゆっくり話したい。俺のこと、もっと知ってほしい」
千紗は真っ赤になりながらも、目を逸らさずにうなずいた。
「………はい。私も知りたいです。もっと、大地さんのこと」
夜風が二人の間をやさしく吹き抜けた。
名残惜しくおやすみと手を離すと千沙はアパートの前で大地が道の角を曲がるまでずっと見送っていた。
大地が何度も振り返って手を振るたび、千沙は胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
見えなくなった後もまだそこにいるような気がして、足が動かなかった。
(寂しい……ずっと一緒にいたい。
なんでだろう。一目惚れとかじゃないのに……)
彼といると、初めて会った人なのに、懐かしいような安心感があった。
話していると、心の奥の柔らかい部分を撫でられるみたいで、怖いくらい落ち着く。
部屋に戻って、ドアを閉めたあとの静けさが痛い。
さっきまで隣にいた温もりが、恋しい。
スマホの画面を見つめる。
交換したLINEに
「帰り気をつけて…また明日楽しみです」って送ろうとして何度も文字を打っては消し……やっと一言送る。
恋って、こんなに切なくて温かくて………涙が止まらない。
「大地さん………」
夜が長いなんて初めてだった。
一人の部屋で千沙は恋しい人の名前を呟いた……。




