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食事を終え、二人はピエトロに手を振って店を出た。
夜の渋谷はネオンが煌めき、人々のざわめきが街を満たす。外の空気はひんやりとして、心地よい。
「じゃあ……送るよ」
大地の声は落ち着いているが、胸の奥に心配の色が滲む。
千紗は少し驚き、恐縮したように微笑む。
「え、悪いです……」
「大丈夫。心配で仕方ないんだ」
大地の言葉に千紗は少しだけ目を見開く。
千紗の家は元住吉。
大地の家は中目黒。
電車で20分…近くはない。
大地はそれでも心配で仕方がなくて彼女を送る事を選んでいた。
「信号、気をつけて」
大地がそっと手を差し出す。
千紗は一瞬ためらうが、自然に手を握り返す。
軽く触れるだけの手のぬくもり。肩がかすかに触れる距離で歩く。その全てが愛おしい……
アパートの前まで来ると、大地は立ち止まった。
街灯の柔らかい光に二人の影が長く伸びる。
(離れたくない……でも変なやつだと思われるよな……)
心の奥で葛藤する。
会ってまだ2日目―
それでも、胸の奥には確かな感情が芽生えていた。
千紗を、今すぐこのまま抱きしめてしまいたい―
そんな衝動が抑えきれない。
千紗もまた、心の中で葛藤していた。
(…………どうしよう。明日も……会いたい。)
心臓が早鐘のように打ち、頬が少し熱くなる。
昨日、今日と過ごした時間が、頭の中で鮮やかに蘇る。
たった数時間の逢瀬……
笑った顔、照れた顔、そして優しい声がまた見たくなる。
二人は少しだけ視線を交わす。
言葉は必要なかった。
お互いの胸の内を、静かに感じ取っていた。
静かな月明かりが二人の気持ちをより鮮明にする。
言葉にせずとも、互いの存在が、確かな温かさを与えていた。
(また会いたい……)
互いにそう思いながら、夜風が頬を撫でる。
別れの瞬間が近づく。
遠くで車の音がかすかに響く。
言葉を探すように、大地は息を吸い込んだ。
「……軽いやつだと思うかもしれないけど…………」
声はかすかに震えていた。
「俺……君が好きだ」
千紗の瞳が一瞬、大地をまっすぐにとらえる。
「一目惚れ……でもなくて。
なんて言えばいいのかわからないけど……好きで仕方がない。明日も会いたい。」
絞り出すような声。
その誠実な響きに、千紗の胸がぎゅっと締めつけられる。
夜風が二人の間を通り抜けた。
千紗は下を向いていた顔をゆっくり上げ、ほんの少し唇を震わせる。
「………私も変だと思うんですけど」
言葉を選びながら、けれど目は真っ直ぐだった。
「毎日会いたいって思うくらい……あなたが好き。」
静寂の中、互いの鼓動だけが響く。
言葉を交わした瞬間、世界の音が消えたように感じた。
大地はゆっくりと千紗に一歩近づく。
その距離は、手を伸ばせば届くほど。
「……ありがとう」
小さくつぶやいた声が夜に溶けた。
大地はゆっくりと千紗に近づき、そっと腕を回す。
千紗も自然に身を預け、二人の体が触れ合う。
抱きしめられた瞬間、千紗の胸に不思議な安心感が広がった。
まるで、離れていた心が、今やっと出会えたように―
互いの鼓動が重なり、息遣いさえもひとつのリズムに変わる。
大地の腕の中で、千紗は肩の力を抜き、目を閉じる。
大地もまた、千紗の柔らかさと温もりを胸に感じながら、ゆっくりと深呼吸する。
この瞬間、この距離、この温もり――
すべてが、言葉にできない幸福で満たされていた。
(やっと、会えた――)
何故か二人の心にそんな不思議な言葉と小さな安堵と喜びが広がる。
この瞬間が、永遠に続けばいいとさえ思えるほどに―




