2(大地目線)
時計を見るとそろそろ出勤時間が近い。
仕事頑張ってと伝えたが……
胸の奥が焦る。
終わらせたくない……また会えるようにしたい。
思わず体を止めて、振り返る。
そして足を戻す。
距離を詰め、再び彼女の前に立った。
「……今日、仕事何時に終わる?」
少し間を置く。
「俺は18時には終わるから、その……夕飯でも……」
自分でも気づかないうちに、声が少し震えていた。
不器用だと思う。
けれど、どうしても彼女に会いたかった。
千紗が笑顔で答える。
「……はい。私も今日18時には終わります。」
その笑顔を見た瞬間、胸の奥がじんわり温かくなる。
二人だけが時間の外にいるような感覚。
(この人を……守りたい。側にいたい。離れたくない。)
心は静かに、しかし確実に動き出していた。
―――オフィスフロアに入ると、椿、荻原、桐谷の三人が小声で囁き合っているのが聞こえた。
「……課長、今日はなんだか機嫌いい。」
「仕事は相変わらず鬼ですけど」
「今日は速すぎてついていくのがやっとです……」
大地は軽く眉を上げ、心の中で微かな笑みを浮かべる。三人とも優秀で、こういう些細な変化には敏感だ。
目の前には山積みの資料と、次々と届くメールの指示。大地は無駄のない動作で整理し、返信を打つ。
速く、正確に、効率的に――
“鬼課長”の名に恥じぬ働きぶり。
部下たちは必死にくらいつき、ついていくしかない。
(今日は定時で帰る。1分たりとも遅れられない……)
心の中で繰り返す。
昼には、友人が経営するレストランに予約を入れることも忘れない。
18時、千紗を迎えに行く時間までに、すべて片付ける。
椿が資料を手渡しながら小声で呟く。
「課長、今日はいつもより早い気がします……」
荻原は机の上の書類に必死に目を落とし、桐谷は静かにペンを動かしながらちらりと大地を見てうなずく。
大地は微かに笑う。
声には出さないが頭の中では自然と今夜の予定が巡る。
(彼女の笑顔をまた見たいから……)
普段なら仕事中に心を乱すことはない。
だが、彼女には特別な何かがあった。
資料に目を落としながらも、予約や段取りを頭の中で整理する。時計をチラリと確認するたび、胸の奥が高鳴る。
大地は深呼吸をひとつ。
机に向かう手に力を込める。
18時、絶対に彼女の前に立つために。




