2(千沙目線)
時間だけが過ぎていく。
大地が時計を見て「じゃあ仕事頑張って」と信号を渡ろうとする。
彼の背中が、ゆっくりと交差点の向こうへ消えていく。
(また……会いたい)
思ってはいけないとわかっていた。
ただの偶然。
お礼を言って終わり。
―それでいいはずなのに。
気づけば、視線で彼を追っていた。
人の群れの中で、スーツ姿の背中が少しずつ遠ざかる。
胸の奥が、きゅうっと痛む。
その時――。
足を止めた彼が、振り返った。
目が合う。
そして――戻ってきた。
驚きで息が止まる。
再び目の前に立った大地の表情は、昨日よりも柔らかく、けれどどこか真剣だった。
「……今日。仕事、何時に終わる?」
少し間を置いてから、続ける。
「俺は18時には終わるから……その、夕飯でも……」
言葉の終わりが少し震えていた。
不器用で、でもまっすぐで。
「……はい。私も今日、18時には終わります。」
答える声が自然と笑顔になっていた。
頬が熱い。
でも隠せなかった。
なんでこんなに彼の言葉が嬉しいの…?
風が吹き、千紗の髪をふわりと揺らす。
朝の光の中で、大地が少しだけ照れくさそうに笑った。
それだけで、今日という日が特別に感じた。
―――カフェのカウンター越しに、エスプレッソの香りが鼻をくすぐる。
けれど、千紗の頭の中はまったく落ち着かなかった。
(……18時に迎えに来るって……)
朝、交差点で見せた大地の顔が思い出される。
少し照れくさそうに、でも真剣に聞いたあの表情。
その瞳を思い浮かべるだけで、自然と口元が緩んでしまう。
頬が熱くなる。
いつの間にかニヤけている自分に気づいて、ハッと手で顔を隠す。
「……大丈夫?」
同僚の声に我に返る。
カウンターの向こうで笑う笑顔が、急に恥ずかしくなる。けれど心の奥は、浮き立っていた。
(付き合った人はいた。けど……)
思い出しても、あの時はこんな気持ちにはならなかった。好きというより、ただ一緒にいるだけ。別れ方も最悪な終わり方だった。
でも今は―胸の奥がじんわり熱くなる。
会う前から、思い出すだけで心臓が早くなる。
顔を思い出すだけで、笑顔になってしまう。
「……仕事に集中しなきゃ」
千紗は深呼吸して、自分に言い聞かせる。
けれど、頭の片隅によぎる大地が18時に迎えに来るという事実がドキドキさせていた。
(こんなふうに思える人、初めてかも……)
カフェの忙しい空気の中で、心だけは大地の姿を追う。また会えると思うだけで、胸が高鳴りまた顔が緩んだ。




