29(大地目線)
――白い天井の光が、やけに冷たく感じた。
モニターの音が、規則的に響く。
小さくてもそれはまだ生きている証。
大地は、千紗の手を握っていた。
その手は温もりが、今はかすかに残るだけだった。
「……千紗」
名前を呼ぶ声が震える。
「逝かないでくれ……まだ……まだ一緒にいたい」
言葉の途中で声が詰まり、嗚咽が漏れる。
普段、人前では決して涙を見せなかった男が、今はただ、幼子のように泣いていた。
高瀬と雪絵が部屋に来る。
「大地少し休め。」
「貴方まで倒れるわよ。」
声をかけられてもただ首を振った。
孫の大樹が声をかけても彩が心配しても………
大地はベッドの傍に座り、静かに目を閉じた。
まぶたの裏には、あの日の笑顔が浮かぶ。
初めて出会ったときのあの光景。
泣き虫で、不器用で、それでも誰よりも強くて――
千紗は笑顔を取り戻させてくれた人。
目を閉じた大地の肩に指が触れる感触。
”また…置いていってごめんね…また会えるの楽しみにしてるから”
目を開けると
部屋に心停止を告げる機械音が響く。
看護師と医師が入ってくる。
友達と家族が見守る中で大地は
手が震えるが僅かなその温もりを離せなかった。
「いろんなこと、乗り越えたな……千紗。」
涙が頬を伝う。
過去の苦しみも、痛みも、二人で歩いたすべての時間が、今は宝石のように輝いて見えた。
「生まれ変わってもまた……探すよ。必ず。」
握った手の中の温もりは、もう二度と戻らない。
それでも―心の中に灯る“彼女”は、決して消えなかった。
大地はそっと微笑んだ。
涙の跡をそのままに、眠る彼女がそこにいるかのように穏やかに。
君が俺に残した“永遠”
君に出会えた“運命”
君がくれた“宝物”
風がやさしく吹き抜けた。
桜の花びらが舞い、窓の外の光がきらめく。
その瞬間、大地は確かに感じた――
千紗の笑顔が、春の光と共に、あの日と同じ優しさで微笑んでいることを。
――そして静かに呟いた。
「また、会おうな。千紗。」
空に散る花びらが、一枚、彼の手のひらに落ちた。
それはまるで、彼女からの最後の“ありがとう”のように―静かに、温かく、そこに在った。




