24(隼人と雪絵)
夜の街は静かで、街灯の光が濡れたアスファルトを淡く照らしていた。
千沙と大地と別れた後、歩道を並んで歩く高瀬と雪絵。二人の影が長く伸び、交差するたびに小さく揺れる。
雪絵はふと口を開いた。
「………高瀬部長。そろそろ弟のおもりは卒業したらどうですか?」
高瀬は肩越しにちらりと雪絵を見て、軽く眉を上げる。
「柳原。お前こそ、妹離れしろ」
二人の視線が交わる。互いに意味を含んだ微笑が浮かぶ。言葉にしなくても伝わる距離感、長年の信頼と親密さの証だった。
雪絵は小さく息を吐き、手元の鞄をぎゅっと握る。
「もう少しだけ……」
高瀬は頷き、少し肩をすくめて答えた。
「見守るとするか…手のかかる二人だしな」
ビルの明かりが二人の存在を優しく包み込む。
雪絵がふと振り返ると、高瀬が立ち止まっていた。
「……………柳原。一杯だけ付き合え。」
低い声に、雪絵は思わず目を瞬く。
その表情には、上司の顔ではなく、一人の男の柔らかい笑みが浮かんでいた。
「奢りですか?」
唇の端を上げ、雪絵がくすりと笑う。
高瀬は軽く肩をすくめて、ポケットに手を突っ込む。
「当たり前だ。お前に出させるほど落ちぶれちゃいない。」
「じゃあ、遠慮なく」
角を曲がると、暖かな明かりが漏れる小さなバーがあった。
古いレンガ造りの外壁、木の扉の奥からは、ジャズの柔らかい旋律が流れている。
高瀬がドアを押さえ、雪絵がその中へと足を踏み入れる。
一瞬、香ばしいウイスキーの香りと、微かに漂う柑橘の香りが混ざり合った。
「似合いますね。こういう店」
雪絵がカウンターに腰を下ろしながら言うと、
高瀬は苦笑しながら隣の席に座る。
「お前もな。こういう静かな場所、好きだろ?」
「……嫌いじゃないです」
グラスを受け取りながら雪絵が答える。
―――淡い琥珀色が照明に反射して、彼女の横顔を柔らかく照らしていた。
オーダーしたお酒を飲みながらしばらく二人は何も話さなかった。
ただ氷が小さく音を立てるだけ。
やがて高瀬が低く呟いた。
「……あいつら、本当によく頑張ったな」
雪絵は頷く。
「ええ。本当に……」
高瀬の視線が穏やかになる。
「……柳原。あの二人が本当に笑い合えると確信できたらお前に聞きたいことがあるんだ」
「いいですよ。千沙の幸せを見届けたらいつでも…」
雪絵は微笑む。
静かな音楽が流れる中、二人のグラスが軽く触れ合った。
――澄んだ音が、夜の静けさに溶けていく。




