23(大地目線)
夜の街はすでに静まり返っていた。
交番を出たとき、時計の針はすでに22時をまわっていた。大地の手の中には、被害届の控えがあった。
ようやく──終わった。
その頃、千紗は雪絵と高瀬に付き添われて病院にいた。
検査の結果、身体の外傷は手首と背中の打撲。そして精神的なショック。
医師からは「しばらく安静に」と診断書が出された。
待合室のソファで、高瀬が軽く肩を回しながら呟く。
「……長い一日だったな」
大地は静かに頷く。
「正当防衛ってことで、俺への処分は無しです。浩正への被害届も受理されました。」
「そうか。」
高瀬は短く答え、すぐに視線を千紗の方へ向けた。
診察室のドアが開き、雪絵が出てくる。
「診断書、もらえたよ。しばらく休むようにって」
千紗は雪絵の後ろから小さく顔を出す。
その目は赤く腫れているが、ほっとした顔をしていた。
高瀬が立ち上がり、大地の肩を叩いた。
「大地。明日は千紗さんについて居てあげろ。休んで構わない。有給で処理しておく。」
「……ありがとうございます。なんか、色々助けてもらって……」
大地の声には疲労と感謝が滲む。
「気にするな。お前は弟みたいなもんだからな。弟が大切な人を守った。それで十分だ。」
そう言って、高瀬は笑った。
雪絵も千紗の肩を包むように寄り添い、
「千紗も、しばらくカフェの仕事はおやすみ。無理して笑う必要なんてないわ。時間が必要よ。」
千紗は静かに頷いた。
「……うん。ありがとう……雪絵ちゃん。」
病院を出ると、夏の夜風が心地良い。
手を繋いだ二人の指先が、互いを感じていた。
高瀬と雪絵に別れを告げてタクシーでマンションに帰り着く。
玄関のドアが閉まる音が、やけに響く。
その瞬間、大地は堪えきれずに千紗を抱き寄せた。
「……ごめん。守り抜けなくて……怖かっただろ……」
低く掠れた声が耳元に落ちる。
千紗は小さく首を振った。
震える指で大地の背中を掴み、泣き笑いのような表情で言う。
「守ってくれたよ……大地さん。ありがとう……」
大地はその言葉に、胸の奥が締めつけられるようだった。
抱きしめる腕に自然と力がこもる。
見つめ合うと自然と唇が触れた。
優しく、確かめるように。
呼吸が重なり、世界が静止する。
――なんで、こんなに好きになるんだろう。
心の奥で、思わずそう呟く。
この人を失うことだけは、絶対に耐えられない。
千紗を抱きしめながら、大地はそっとその額に口づけた。
きっと何度でも守る。
何度でも愛する。
そのために、自分は生きているのだと思った。




