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大地と帰りが一緒になり千沙の友達に会いたいと後をついてきた椿と萩原はすぐにスマホを取り出し、警察へ連絡する。
「暴行事件です!女性が襲われてて、場所は――!」
通報を終えた頃、電車遅延で遅れていた佳乃と愛も到着した。
「千沙っ!」
佳乃が駆け寄り、泣きじゃくる千沙を抱きしめる。
「もう大丈夫、大丈夫だから」
大地はそっと千沙を佳乃に託した。
その手が離れた瞬間、張り詰めていた怒りが一気に解き放たれる。
浩正の胸ぐらを掴み、壁に叩きつけた。
「二度と……近づくな。」
浩正が口の端を吊り上げて嗤う。
「なんだよ彼氏づらか? こいつがどんな顔して俺にヤラれたか、話してやろうか?」
その瞬間、乾いた音が夜に響いた。
大地の拳が浩正の頬を正確に打ち抜く。
衝撃で浩正の身体がよろめき、コンクリートの壁に背中をぶつけた。
「言葉を選べ。次は……顔じゃ済まない。」
低く静かな声が、逆に恐ろしかった。
怒鳴るでもなく、感情を爆発させるでもなく――抑え込んだ怒りが、氷のように鋭く響いた。
警察のサイレンが近づいてくる。
赤い光が路地に差し込み、現実に引き戻されたように周囲の空気が動いた。
ざわめきが波のように広がる。
警察官が無線で何かを報告する声と、通行人たちのざわつきが交じり合う。
地面に倒れ込んだ浩正が、顔を歪めながら怒鳴った。
「俺が被害者だ! こいつに殴られたんだ! あの女にも噛みつかれた! 暴行だ、暴行罪だろうが!」
千紗は佳乃の胸にすがりつき、震える手で口元を押さえている。
そのすぐ横で、大地は怒りを押し殺すように拳を握っていた。
その時、人垣の向こうから落ち着いた声が響いた。
「正当防衛です。この男の暴行による被害届は、過去に一度提出されています。」
雪絵が歩み出てきた。冷たい目が浩正を射抜く。
隣には高瀬。スーツの胸ポケットから名刺を取り出し、警察官に差し出す。
「この半月、この男は彼女をつけ回していました。
駅の監視カメラの映像もあると思いますよ
彼女を暴行した男を夫が守るのは当然のことです。
——必要なら、今すぐ弁護士を呼びましょうか?」
警察官たちが顔を見合わせる。
やがて一人の警官が浩正の前に立ち、短く言った。
「暴行の現行犯として、あなたを逮捕します。」
カチャリ、と手錠の音が響いた。
浩正の顔がみるみる赤くなり、怒りと屈辱に歪む。
「ふざけんな! 俺が被害者だ! 離せっ!」
警察官二人に押さえつけられ、なおも暴れる浩正の声が、パトカーのドアが閉まる音に遮られた。
その瞬間、駅前の喧騒が一気に静まり返る。
冷たい秋の風が吹き抜け、千紗の髪が揺れた。
大地は千紗のもとへ歩み寄り抱きしめる。
「もう大丈夫だ。」
千紗は力が抜けたように、彼の胸の中で小さくうなずいた。
大地の腕の中、彼女の温もりを感じてようやく怒りの熱が静かに引いていった。




