17(大地目線)
結婚して数か月――
穏やかで幸せな日々。
朝、玄関まで見送ってくれる千沙の笑顔。
夜、灯りのついたリビングで「おかえり」と迎えてくれる温もり。
そんな当たり前が、胸の奥に深く染みついていた。
遅くなる日は迎えに行き、
一緒に帰れる日は食事をして、
たまに寄り道をして……
―そんな日々が続くと思っていた。
……なのに、この一週間。
千沙の帰りが遅い。
俺よりも。
時計を見るたび、スマホを何度も確かめては小さく息を吐く。
連絡がくるのは、いつも「駅に着いた」とだけ。
それ以上は何も言わない。
(どうしたんだろう……)
疲れた声。短い返事。
心配を悟られないようにしながらも、胸の奥がざわついて仕方がない。
その夜、ようやく帰ってきた千沙を玄関で迎えた。
化粧も落ちかけて、髪は少し乱れていた。
「大丈夫か?」
気づけば、手が伸びていた。
頬に触れると、少し冷たい。
千沙は小さく笑って首を振る。
「うん……たまたま遅番なの。代わりがいなくて」
「そうか……」
けれど、その笑顔の奥―
ほんの少し、沈んだ影が見えた気がした。
心配で仕方がないのに、
「無理するなよ」としか言えない自分がもどかしい。
抱きしめたい。
でも、何かを壊してしまいそうで……
(……千沙。何があったんだ?)
そう問いかけた声は、唇の奥で消えた。




