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撮影を終えた夜、その日ピエトロのお店は貸し切りだった。
イタリアンのオリーブオイルの香り。窓の外にはライトアップされた桜並木が見えていた。
丸いテーブルの上には白い皿と、春野菜の彩りが美しい前菜。
穏やかな音楽が流れ、グラスの中のワインがゆらりと揺れる。
俊和がグラスを持ちながら、しみじみと笑った。
「……まさか、本当に三ヶ月で結婚するなんてな。」
「まだ言ってる」
と京香が呆れたように肩を竦める。
俊和はため息をひとつ。
「俺も父親だから、娘が幸せそうなのは嬉しいさ。
けどな、やっぱり少しは複雑なんだ。」
そこへ雪絵がワインを注ぎながら微笑む。
「おじさん。お久しぶりです。」
「おお、雪絵。元気そうだな。」
「はい。……
大丈夫ですよ、あの二人は絆が強いから。」
俊和が目を細める。
「そうなのか。」
「ええ。」雪絵は穏やかにうなずいた。
やがて、スーツ姿の高瀬が立ち上がり、俊和に名刺を差し出す。
「はじめまして。藤宮大地の上司の高瀬隼人と申します。」
俊和が受け取り、軽く会釈する。
「藤宮は優秀です。責任感が強く、約束を違えない。
……きっと、お嬢さんを死んでも守ります。」
俊和は一瞬、言葉を失った。
やがて、ゆっくりとグラスを掲げる。
「そうか……安心した。新しい息子は、上司にも恵まれてるみたいだな。」
高瀬が微笑み、雪絵も静かにうなずく。
そのやりとりを見ながら、京香がグラスを掲げた。
「じゃあ、改めて――千沙と大地さんの門出に。」
乾杯の音が響く。
グラスが触れ合う音が、まるで桜の花弁が落ちるように優しく広がった。
テーブルの下で、千沙の手をそっと包む大地。
「……これからも、よろしくな。」
小さな声に、千沙は微笑んでうなずいた。
「こちらこそ……ずっと、ずっと側に…」
賑やかな笑い声と風と桜のハーモニーが二人を祝福する夜だった。




