7(大地目線)
――翌日。
いつも通りの朝のはずなのに、胸の奥が妙にざわついていた。
いつもなら冷静で無表情な自分が、どこか浮き足立って見える。
(落ち着け。仕事中だぞ…)
そう言い聞かせても、千沙の顔がふと頭をよぎる。
別れ際に少し寂しそうに見上げた瞳。抱きしめた温もり。
――今日、何を食べに連れて行こうか。
イタリアンもいいけど、昨日と同じ店じゃ芸がない。
和食もいい。けど彼女は甘いものも好きそうだった。
(いや、いっそ俺の家で作るってのも……)
想像した瞬間、胸が跳ねた。
彼女が自分の部屋でエプロンをしている姿が浮かんで――
「……何考えてんだ、俺。」
机に広げた資料に目を戻す。
だが、数字の羅列がまるで意味をなさない。
メールを打ちながら、文末に“千沙”とタイプしてしまいそうになる。
(ダメだ。集中しろ……仕事は仕事だ)
そう言いながら、スマホの画面をそっとのぞく。
“大地さん。おはようございます。今日も頑張ってくださいね。早く会いたいです”
――千沙からのLINE。
このメールだけで、どんな会議のストレスも吹き飛ぶ気がした。すぐに返事を打つ。
『何か食べたいものはありますか?俺も早く会いたい。』
送信ボタンを押した瞬間、微笑みが零れた。
仕事はできるのに、心だけがどうにも制御できない。
これほど誰かに会いたいと思う自分が、まだいたなんて………
夕方カフェの前で千沙が出てくるのを待つ。
冬の渋谷の街は日が沈むのはあっという間でネオンがぼんやりと灯り始めていた。
昨日はクリーム色のワンピースだった。
今日はどんな服装だろう…
そんなことを考えている自分に、少し笑ってしまう。
(まるで高校生みたいだな……)
ガラス越しに、彼女の姿が見えた。
白いロングのワンピース。
やわらかな布が風に揺れて、彼女の歩みに合わせてふわりと広がる
思わず歩み寄ると、千沙がこちらに気づき、笑顔で手を振った。
「……!」
気づいたら、身体が動いていた。
人通りの中で、周囲の目も気にせず彼女を抱きしめていた。
「……会いたかった。」
声が掠れる。抑えていた感情が、思わず零れた。
千沙の小さな肩が自分の胸の中で震える。
それでも、逃げない。
彼女の香りがして、体温が伝わってきて―
もう二度と離したくないと思った。
「……大地さん……」
囁くような声。
その響きに、全てが報われるような気がした。
(好きだ。どうしようもなく、好きだ。)
頭で考える前に、心がもう決めていた。
この人を、もう二度と離さないと…………




