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苦手な体育祭でなぜか恋の伝説、作ってしまったよ

作者: 木村 友香里


 雲ひとつないよ〜く晴れた青空を見上げる私は、朝から絶望しっぱなしであった。


 今日は高校の行事の一つ、体育祭の真っ最中。


 運動音痴のレベルが高すぎる私にとっての地獄でしかない一日。


 運動系の成績は心底諦めて勉学に能力を全振りで賭けているような私なので、この日は一日中、息を潜めてとにかくクラスの足を引っ張らないように頑張るくらいしか出来ないもの。


 序盤で行われた徒競走は後ろがいない安定の走り。


 玉入れではカゴを外れた玉が顔面に直撃して外し忘れていた眼鏡が吹っ飛ぶ。


 大縄跳びでは、飛ぶリズムが分からず隣になってくれた親友が腕を持ってくれて助けてもらった始末……。


 そして今はこの学校の名物、『楽しい借り物競走』が始まっていた。


 これの選手ではないので、終わらない猛暑による太陽の日差しで灼熱地獄となっている応援席に座っている私は、暑さがどうでもよくなるくらいに、この次に行われるクラス全員参加のリレーの方に戦々恐々としていた。


 (あぁ神様……。せめて転びませんように)


 目の前では、クラスの主に男女がペアとなっている選手達が走り込んできて、地面に散らばっている『お題』の書かれた紙を次々に拾っては悲鳴や笑い声を出している。


 「『はちまき忘れた不届者』はいるかーー⁉︎」


 「は? 『二リットルの水筒を三個持っているやつ』? いんの?」


 「『視力が二.〇以上ある人』……スマホが主流の時代に無茶言うな!」


 お祭りの雰囲気も最高潮なので、選手も観客席も皆がお腹を抱えて笑っていたりしているのだが、私はとにかく念仏を唱えるようにリレーのことばかりを考えていた。


 (大丈夫。クラスのみんなが考えてくれた戦略なら、転びさえしなければ……)


 足の遅すぎる私の前後を、『神の足を持つ男』と『神速』との二つ名を持つ加藤くんと佐伯さんで固めてくれていた。


 何度も大丈夫と呟きを繰り返している私の隣のクラスでは、学校で一番可愛いと言われている女の子が、


 「どうしよう〜、『大好きな友達』だって〜♡」


 と極上の笑顔を見せたので、そのクラスの男子どころか他クラスや先生たちまでもが一斉に勢いよく挙手をしている。


 そんな中、うちのクラスの選手であるサッカー部の伊藤くんが血相を変えて私たちの前まで走ってきた。


 「クソっ! イケメンだ! イケメンを出せぇ! しかもなぜか『王子様系のイケメン』だぁ!」


 クラスのみんなが笑い転げ始めた。


 「イケメンなら田辺じゃね?」

 「待って、田辺くんはモテるけどお題は『王子様系』だし」

 「え? じゃあ俺って何系?」


 「王子様ってなら、『ミコ』でしょ」


 この最後のセリフに、私はハッと我にかえってブンと首を横に向けた。


 (そうだよね! ミコトくんはもう神だから! カッコよすぎるもの!)


 彼に絶賛片想い中の私は何度も大きく頷いてしまう。


 「よし! さっさとこい! 早くしねぇとそのメガネむしるぞ!」

 「うわ! 恥ずいって! テメェのメガネも飛ばすぞ!」


 嫌がるミコトくんを伊藤くんが引きずり出していると、今度は女子選手である宮内さんが困った顔で走り込んできた。


 「どうしよう! 『こないだの中間テストで百点取った人』だって!」


 中間テストの平均点を思い出した我がクラスに激震が走る。


 「はぁぁ! こないだのテストなんて難しすぎて誰も満点なんて取ってなくね?」

 「誰だよおい! そんなクソみたいなお題を出したやつ!」


 返却されたテストの答案を見て戦慄を覚えた者たちが次々に文句を言う中、私は心臓をバコバコ言わせながら俯いていた。


 なぜかと言うと……。


 (私、こないだのテストならひとつ百点取れてた……。国語だけだけど……)


 苦手な分野を得意分野でカバーしようと、猛勉強の甲斐があっての事だった。


 (だけど、足がどうしようもなく遅いから、私が一緒に走ったら絶対に最下位になる! 黙っていよう……百点ならたぶん他にも——)


 四人でゴールしなければならないのでそう思って、周りの空気と同化しようとしたその時だった。


 「はい! ここ、ここ! 国語で百点とってた人で〜す!」


 突然、横から片手を掴まれて勢いよく上げられたので、私の心臓が口から吹っ飛びそうになる。


 「ちょ、ちょっと……」


 驚いて顔を上げると、親友がにこにこしながら私の片手を持っていたのだった。


 「さすがだね! じゃあ行こう! 早く早く〜」


 あわあわとたじろいでいる私へ、手を差し出してきたクラスの一番人気である宮内さんの笑顔が眩しい。


 そして周りの女子たちが私の背を押して席を立たせていると、


 「早く! 今なら一番だ!」


 なんと、もはや羞恥心を吹っ切ったミコトくんが私の片手を取って宮内さんと走り出したのだ。


 右手に美少女、左手に美男子という両手に花の状態で私はトラックに躍り出る。


 (わあぁ! 何これ! めっちゃ幸せだけど、むっちゃくちゃ申し訳ないよぉ!)


 伊藤くんを先頭に走る四人は一位で独走していたが、やはり私の足が遅くて次第に後ろとの距離が縮まってきてしまう。


 しかも、ついに恐れていた事までもが起きてしまったのだ。


 「あっ!」


 二人に引っ張ってもらっていた私が足をもつれさせて転んでしまう。


 急に手が離れた事で両サイドの二人がハッとして足を止め、それに気がついた伊藤くんも急いで戻ってきたのだった。


 (は、早く! 立たないと、私ぃ!)


 あまりの申し訳なさに涙が出そうになりながら、みんなが手を貸してくれる中で私が必死に起きあがろうとしたのだが……。


 ついに、後ろを走っていた四人に追い越されてしまったのだ。


 「残念〜お先〜♪」


 小躍りしながら横切ってゆく他の選手の嘲笑うような声に、胸が凍りついた瞬間だった。



 私は見た。



 負けず嫌いのミコトくんが悔しさで目の色を変えたのを——。




 「ぬおぉーー⁉︎ 負けるかよぉーーーー‼︎」



 我を忘れたのか吠えるように叫んだミコトくんは、私の肩を掴み両足をすくってお姫さま抱っこで持ち上げると、そのまま猪のようにゴールに向かって突進し出したのだ。


 「どういうことぉ⁉︎」


 前を走っていた別クラスの四人が顔を後ろに向け、土煙をあげて向かってくるお姫さま抱っこしながらの爆走イケメンに目を吹っ飛ばす勢いで仰天し、伊藤くんと宮内さんは、とにかくミコトくんの真後ろを全力で追っている。


 「うおぉ! かっちょいいぞ〜! 追い抜け〜! アハアハ——」


 「きゃあぁ! うらやまし〜!」


 そしてそのあまりの光景に、会場の方では笑いや羨望などで大いに盛り上がっていて、抱っこされている私はというと、嬉しいやらド恥ずかしいやらで頭はパニック状態。とにかく重荷にならないように彼の首元にしがみついているしかなかったのだった。


 「あとちょっと——」


 白いゴールテープの直前で横並びになった私たちと他クラス選手たちであったが……。



 ぎりぎり一歩足が出た状態で、ミコトくんがゴールテープを切ったのだった。



 うおぉーーーー! と上がる歓声と共に、無数のはちまきが会場の空へ上がる。


 私をおろしてやった〜と喜んでいるミコトくんと伊藤さん、宮内さんの三人を未だに爆鳴りしている心臓を抑えながら私は胸を撫で下ろして見ていたのだが、この時、他クラスの選手から審査員へ抗議が入ってしまった。


 四人で走ってゴールではないのか? だとしたら、ひとり走っていないだろう、と。


 それを聞いた私たちと会場はしんと静まりかえってしまう。


 円となり審議を始めた先生方を、私たちが固唾をのんで見守っていると……。


 やがて、審判を下すために朝礼台の階段を上りだした一人の恰幅の良い男性を見て、私たちとクラスの皆んなは思わずあっと口を開けてしまったのだった。


 「やべぇ! 校長が出てきてしまった!」

 「クッ! 今の校長は親が裁判官と検察官だったという法の番人のサラブレット!」

 「いいやしかし! ルールは四人でゴールってだけで、『走って』はなかったはず……諦めるな!」

 「どっちだ……」


 会場中が息を詰めて朝礼台に注目する。


 階段を上り切ってスタンドマイクに手を置いた校長先生は、


 ガー、ピプィーーーー。


 と前置きのハウリングを鳴らせてから大きく息を吸ったのだった。



 「——オッケーです!」



 瞬間、辺り一面に歓喜の声がこだました。


 青春バンザイ、と呟きながら台の階段を降りる校長先生の後ろでは、まだ次の種目があるのにも関わらず、クラスのみんながなだれ込むように走ってきて私たち四人に次々と抱きついてきて、優勝パレードみたいになってしまったのだった——。

 



   ♢ ♢

   

 この出来事があまりにもウケた為、次の年からの借り物競走には、


 『ゴール直前でお姫さま抱っこするイケメン(抱っこされるやつは誰でも可)』


 のお題が定着して、もはや伝統化するくらい長く続いていく事となっていた。


 しかも、在学中に周りから散々からかわれまくった私とミコトくんが、卒業して数年後には結婚してしまったので、


 『体育祭の借り物競走でお姫さま抱っこされたら、そのままゴールイン(結婚)した』


 という伝説にまでなってこの学校で語り継がれてしまったのだった……。

 

 


最後までお読み頂き、本当にありがとうございました。


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