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9話


「おはようございます。本日もよろしくお願いいたします。」


教室の扉が開き、土属性担当のグレイム先生が入ってくる。

 

その瞬間、さきほどまで談笑していたクラスメイトたちは一斉に背筋を伸ばし、静かに席に着いた。

 教室に漂う空気が一変する。


 グレイム先生はその様子を満足そうな表情を浮かべ、

 話し始める。


「さて、早速ですが――先輩である2年生は本日、

 どのような授業をしていると思いますか?」


先生の問いかけに、教室には一瞬静寂が落ちた。

 

(ええと…。私たち1年生の魔法学はまだ2回目よね。

 授業回数が変わらないのなら……)


「中級魔法を学び始めたばかりなのではないでしょうか?」


誰かが口にすると、グレイム先生はふっと優しく頷いた。


「半分、正解です。」


「本日、2年生は学外学習として”魔物狩り”を行っています。」


教室内にどよめきが走った。


(魔物狩り!? 2年生で行くなんて、早すぎないかしら……)


エビネだけでなく、周囲の生徒たちも似たような不安を声に出していた。

そんな空気を受け止めながら、グレイム先生は穏やかに続ける。


「皆さんも危険だと思うでしょう。しかし、適切な知識と技術を身に付ければ、それは決して無謀なことではありません。」


「貴族の方々は特に、自分には関係ないと思われるかもしれませんね。」


(確かに……そう思う人もいるかもしれないわ。)


「ですが、土属性の代表的である”障壁魔法”は

 壁を作り、自分や仲間を守るためにとても重要な魔法です。」


グレイム先生は、黒板に簡単な土の壁のようなものを

描きながら説明を続けた。


「2年生は、全員がこの障壁魔法を習得しています。」


生徒たちの間に、また驚きが広がる。


「安心してください。この学園の卒業生たちも、

 誰一人欠けることなく1年生の内に習得しています。」


その言葉に、教室の空気は少し和らいだ。


「さて、本日の授業内容ですが……

 魔法で正方形の土を作る"練習"をして頂きます。」



 (前回の授業でみんなやっと土を動かせただけなのに、

 いきなり正方形だなんて……。)


エビネは不安に顔を強張らせる。

 

 「これは、障壁魔法を学ぶ上でとても大切な

 魔法操作の基礎の鍛錬です。」


「練習なので、今日は作れなくても当然ですよ。

 着実に鍛錬するのです。」


 その言葉に少し安心する。

 

 「……ただし!夏季休暇までにできなかった者には

 課題がたくさん増えますので鍛錬を怠らないように。」


グレイム先生の最後の一言で、教室は一気にピリッと緊張した。


(……大丈夫。前回、私は最初から土を動かせた。

 今回も、頑張ればきっとできるはず!)


ワクワクした気持ちと少しの緊張を胸に

 エビネは土を見つめ、魔力を込め始めた。


 ――――――――――――――――――――――――


―――放課後。


 

エビネはビデンスの魔物狩りを見学させて貰おうと考えた。


「ビデンス、ちょっと付き合ってもらえないかしら?」


「はい。お供します。」


周囲の目がある環境になると、

 ビデンスは一変して”従者”としての態度に切り替わる。

 

他人の目を気にして、エビネとの距離を自然に保ち、

言葉少なに歩く。


エビネもそんなビデンスに気付いてはいるが、

気を遣ってくれているのだろう。と考えそのことに

触れることはなかった。


ーー王都を抜け、森の入口に辿り着く。


人気も少なくなり、ようやく自然な会話ができる空間になった。


「……ふふ。やっといつもみたいに話せるわね。」


エビネが笑うと、ビデンスも小さく笑った。


「そんなに私と話したかったのですか?」


「ふふ。そうかもね!」


そんなやり取りを交わしていると――


バサバサッ。


茂みの奥から、緑色の影が飛び出してきた。


「ゴブリンです。エビネ様、下がって。」


ビデンスがエビネを庇い、前へと立った。


(これが、ゴブリン…!)


ゴブリンは小柄だが、鋭い爪と牙をむき出しにしている。

1メートルほどの身長で動きは素早い。


「ゴブリンはどの森にも生息していますが、

 知能が低く、群れて連携することはありません。」


ビデンスが冷静に説明する。

その手には、エビネが贈った短剣が光っていた。


(私が送った短剣だわ!)

 

その短剣を目にした一瞬、魔物の対峙する恐怖よりも、

喜びが勝った。だが、すぐに気を引き締める。


ここは森なのだ。どんな異常事態があるか分からない。


そんなエビネを視界に収め、安全を確認しながら、

ビデンスは素早く距離を詰め、短剣でゴブリンを翻弄する。

 

ゴブリンは反撃しようと暴れるが、ビデンスは的確に隙を突き、一撃で倒した。


「すごい……。」


エビネはその成長ぶりに目を見張った。


「ビデンス!すごいわ!魔物を倒せるなんて!」


弾んだ声で褒めると、ビデンスは少し顔を赤らめた。


「エビネ様にいただいた短剣のおかげです。」


そう言いながらも、どこか照れくさそうに笑顔を浮かべる。

その姿に、エビネは胸がじんわりと温かくなるのを感じた。



 ――――――――――――――――――――――――――

 


その後、ふたりは学園へ戻り、食堂へ向かった。


人の少ない時間帯を選びいつもの席へ、2人分の食事を運び夕食を取る。


食事を終え、湯気の立つカップを手に取りながら、エビネはふと顔を上げた。


「ねえビデンス、今日の土属性の授業ね、“正方形”を作る練習だったの!」


ビデンスは相槌をし頷きながら、静かにカップを置く。


「最初は不安な気持ちが勝っていたのだけど……

 段々とワクワクしてきたの!」


エビネは身振り手振りを交えて楽しそうに話し続ける。

 

ビデンスはそれに余計な言葉を挟まず

微笑みを浮かべながら耳を傾けた。

 

「前回の授業で少し土を動かしただけなのに、

 いきなり難しい!と思ったのだけど…」

 

「諦めずに何度もやったらちょっとだけコツが掴めた気がするの!それにグレイム先生がそれぞれの生徒に的確なアドバイスを下さって、動かせる土の量が増えたのよ!」


「それは…素晴らしいことですね。」


ビデンスは静かに、でも心からの声で応える。


 事実、2度目の授業でエビネほど動かせる生徒は

 半数以下だろう。


エビネは嬉しそうに笑い、また話し始めた。


「あとね。2年生が今日魔物狩りに行ったんだって。

 だからグレイム先生がすっごく真剣に話してくれて……! ビデンスも知ってる? 土の障壁魔法ってすごく大事な魔法なのよ!」


「ええ、知っています。」


「やっぱり!さすがビデンス!」


エビネがふわっと花が咲くように綺麗に笑う。


ビデンスも静かに微笑み返す。


ぽつりぽつりと、エビネの楽しそうな声が食堂の片隅に響いていた。


ビデンスはそれを眩しそうに見つめながら

 傍らで聞き続ける。

 

(――こんな時間が、ずっと続けばいい。)


そんなことを、ふと思いながら。


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