「クソゲーに転生しましてよ」
第1話
「クソゲーに転生」
痛い、痛い____。
身体中も私自身も悲鳴を上げている。何度も何度もナイフを振り下ろされた腹は原型が分からなくなっているのに、その動作を行う目の前の男は真顔で私を見ていた。まるで機械みたいな人だな、あァ……もう、痛みも分からない。
なんでこんなことになったのかな、私何か悪いことしたのかな。全てはそう、私がアリス・エヴァンスであるからでしかない。彼女はそう終わるべき人間だからという回答しか得られない。
だから、私はまた繰り返す。この意味の無い人生を。
「っはッ……はぁっ……!!」
バッと飛び起きる、自身の腹部を確認してまた大きく息を吐いて身体を抱き抱えた。私、また戻ってきたんだ。
いつからこのループが始まったのか分からない、けども最初の出来事だけは覚えている。
私はアリス・エヴァンス、エヴァンス家の長女で貴族。…………ではなく夕刻早苗、普通の大学生だった。その日は友達に借りたゲームをプレイしていた、【気まぐれ猫の魔法学園】通称猫学は巷で有名な超鬼畜ゲームで、ゲーマーな私にはピッタリなゲームで超ハマっていた。そしてパッケージにはこのような文が印字されている。
【主人公のチェルシーは気まぐれ♪君は制御できるかな?】
出来るわけないだろクソが。主人公のチェルシーがこりゃまたゲーム名通り気まぐれで、選択肢通りに動いてくれないのだ。しかし段々と攻略対象を翻弄するチェルシーに自分も惹き込まれていた。
けどもこのゲームには多数の欠点がある。まず戦闘システムの乱数がおかしすぎる。振れ幅がとんでもなく戦闘どころではない。更には好感度の上がり幅も乱数ときた。頭がおかしいと言わざるおえない。しかし、それらを置き去りにする程の最大の欠点が存在する。
それは私の一番好みの見た目であるウィルフレッド皇太子が攻略出来ない事だ。
彼は婚約者を殺された後闇堕ちし、主人公達の前に魔王として立ち塞がる。その時に言った「幸せになれない運命なんだね、君も、僕も」というセリフが余りにも儚くて気付いたら涙が出ていた。それ程私は彼の事が大好きだった。だから、その日もウィルフレッドの最期を見届けるために早々に帰宅していた。そうして家のドアを開けた先には虚無の空間、何も無い、真っ暗な落とし穴みたくなっていた。元々運動神経が良い訳では無い私はそれに対抗出来ず落ちて____そして、目が覚めたら私はアリス・エヴァンスという名前の少女に転生していた。長々と説明してしまったが、皆は何故私がここで猫学の話題を出したか不思議であろう。
そう、なんとこのアリス・エヴァンスこそウィルフレッド皇太子の婚約者である少女である!
……いや、こんな都合のいい話あって良いのだろうか?なんて当初の私は思ってた。正直私はこの世界を舐めていた、舐め腐り過ぎていた。最初にそれに気がついたのは初めて死を経験した時だった。ウィルフレッド様と婚約をし、浮かれていた私は既に自身がアリス・エヴァンスということを忘れていた。そしてよく分からないまま死んで、昔に巻き戻って生き返った。最初は訳も分からず夢かと思っていたが、どうも本当に蘇ったらしい。
そこからは死なずに済む方法を無限に考える周回に入った。まさか転生してまで死にゲーをやらされるとは思ってもいなかったな、なんだよクソッタレが!自分が対象の死にゲーがここまで苦しいなんて。
……とまあ、ここまでが私の回想な訳だが。要約すると今回の周回でも死なずに済む方法を探すということだ。
「お嬢様〜?まだ寝てらっしゃるのかしら……」
そしてここで登場するのはメイド長のクラーア、作中でアリスと共に死に至る可哀想なキャラクターだ。
「あら、起きてらっしゃったのね。朝食の時間ですよ、さあさあ、準備しましょう」
彼女はアリスに非常に甘く優しい、その優しさに何度も助けられてきた。だからこそ彼女にもなんとしてでも生きてもらわないといけない。
「クラーアは私の傍にずっといてくれるのよね?」
「お嬢様……?はい、このクラーアは永遠にお嬢様の事を支え続けると約束します」
この優しい微笑みも私が居ることで崩れてしまう、もうそんな事は嫌だ。
だからまずはやらなくてはいけないことがある。
「御父様、おはようございます」
「アリス!今日もお前は可愛いなぁ」
よく考えたらこの父親も結構顔がいい方だな。私と同じ綺麗な青い瞳、そして上品な紫の髪の毛。おじ系乙女ゲーなら攻略キャラクターになってもおかしくないレベルだ。
という事はこの金髪は母親譲りということだ、中々勝ち組の遺伝子を受け継いだもんだな。
「お父様、私ですね……明後日のパーティーに行きたくないのです」
まずはフラグ潰しからしなければならない。まず第1のフラグであるウィルフレッド様と出会う筈のパーティに出ない事。これは三回目のループから始めたことだ。
「何故だ?あんなに楽しみにしていただろう?」
「実は……最近体調が悪くて……」
「何?それは本当か!ならすぐ部屋に行って休みなさい!」
「はい、ありがとうございます……」
アリスの父親は相当な過保護なのでこう言っとけばまず間違いなしにパーティーに出席せずに済む。これはまだ簡単な作業だ。そして次に私がやること、それ即ち魔法の勉強である。あのアサシン野郎の気配に気が付くことが出来るようにならないと死は免れないだろう。そのアサシン野郎というのがそう、この猫学の主要キャラクターであるリアム・ジョーンズだ。
コイツも厄介なキャラクターで選択肢を間違えると即死亡とかいうクソゲー感満載な性格をしている。
まあ取り敢えずコイツのことは気にしなくていい、最優先は身体と魔法を鍛える事、鍛えて損は無いし?ああそう言えば後々のイベントを考えると首席で学園に入学したい所だな。となれば本気で始めてみるのも手かもしれない。
「ふふ、クソゲーハンターの名にかけて今度こそこのゲームを生き残ってみせるわよ!」
そしてウィルフレッド様を魔王にさせない為にも頑張って攻略しないと。
その日から私は特訓に特訓を重ねた。
全てのステータスが平等に上がるように剣術と魔法を家庭教師から教わり、王国内にある図書館に通い詰めて歴史の勉強、そして経営についても父から学んだ。
「は゛ぁー……肉体労働サ゛イ゛コ゛ー…!」
ついでに生きている喜びと苦痛を味わうべく誰にも内緒で森の中にある石を運び秘密基地を作り始めた。幼い頃から秘密基地って憧れてたんだよなぁ〜!ここが私の拠点になる日も近いだろう!
防護魔法も貼ってあるし、ここに入れる者はいない筈。居たとしても強い人間しか入れないので大丈夫だろう。
「っし、今日も筋肉が悲鳴をあげてる…気持ちいい…」
自分より大きい岩を片手に疲労をひしひしと感じる。これこそが私が求めていた苦しさなんだ。そう思いながら作業を続けた。