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都会高校球児と凡才の矜持

作者: 堆烏

草野球というものを聞いたことがあるだろうか。

別段特別なものなんかじゃない。正式な整備された場所でやる野球ではなく野原とか空き地でやる野球ってだけ。ただ、それだけ。


真面目に練習するのに適した場所とは言えないだろう。だから、初心者や子どもが遊ぶ野球のことを指す場合もあるそうな。兎にも角にもゆるく野球で遊ぶ雰囲気がその言葉からは漂ってくるというものだ。


しかし、この学校では、僕らがいるこの学校においては、「草野球」というワードはもう1つの意味を持つ。


「小原、今日暇か?草野球しようぜ。」


それは、地獄のワード。死への招待券。懺悔までのカウントダウン。耳にしたくもない言葉。

そしてついに、その言葉を聞いてしまった。

誘われてしまった。


誘ってきた相手は野球部のやばい奴。名前なんて誰も覚えていない。だれもそいつを名前なんかじゃ呼びやしない。悪魔なんかじゃ収まらない。人の形をした死の概念。



教室の空気が変わる。色を失う。音は静まり人という人は息を潜める。生贄に選ばれなかった幸運な人類は、その幸運を手放すまいと凍った空気をひたすら維持する。


「ああ、あんまり暇じゃないんだけど。しょーがないから行ってあげるよ。」


努めて明るく返す僕。嫌がっているそぶりなんて見せない。相手に弱みなんて見せてはいけない。


断ることなんてできやしない。野球をやったことないだの、できないだの、用事があるなどという言い訳すら許されない。今まで断ってきた生徒は皆、次の日には学校に登校できない身体になって病院のベットに横たわっていたのがそれを裏付ける。

その病院から退院できたのかどうかは、できれば聞かないでほしい。


「メンバーちょうど足りなくてよ。助かるよ、小原。」


そういって彼は去っていった。彼が教室から出て行くと雰囲気が元に戻った。

お喋りを開始する女子たち。バカ騒ぎを再開する男子たち。さっきまでの突き刺すような沈黙は何だったのかと思わせるようないつもの風景。いや、少し違うか。


誰もが思っている。話しかけられたのが自分ではなくて良かった、と。

やつに殺された死者は学外を含めたら100人を超えたところ。声をかけられて今まで生き残ったのは1割にも満たないという。学内で生き残ったやつは2人しかいないはずだ。

学校側も警察側も手が出せない。いや、出さないように動いている。そうでなければこの100人という数字は少なすぎるくらいだ。今はまだ殺戮対象が同学年の高校生男子に限られている。無差別殺人になっていないのは、このバケモノの情報統制が上手く行っている証でもある。


警察も学校も、大人もこの教室の奴らも全生徒も、みんな奴を恐れている。他県へ転校していく生徒の数は計り知れない。


頬杖をついて僕は窓の外を見やる。誰もかれも本当に低能な奴らだと静かに思う。そんな心持ちでは生き残れない。デッドボールは急にやってくるものだ。どこに逃げたとて、どこにでもこんな奴はいるものだ。

この世界を生きていくためにはビビッてばかりではいられない。戦うしかないのだ。

田舎のようなのんびりとした空気とは違う世界に僕はいる。少なくとも僕は他の低能とはちょっと違う。

どんな手を使っても、どんな状況においても、生き延びてやる。才能はなくてもゴキブリのようにしぶとく、末永く。それが僕だ。


大きく伸びをする。周りの空気が少しぎこちなく動く。大丈夫、僕は誰も殺せないただの人間だ。自分を殺す勇気なんてものもない。

急に発狂したり、飛び降りたりなんてしないさ。


「放課後まであと数時間。なけなしの頭をフル回転するときがきたかぁ」


のんびり呟く僕。少し震えた足と手は自分でも見なかったことにするしかない。

授業が始まる鐘がなる。ちょうどいいやと席をたつ。教師は僕を無視して授業を始める。

もう学校中に広まっている証拠だろう。誰もが思っている。僕が今日死ぬと。

既に出席簿に僕の名前は横線で消されているのかもしれない。最初からいなかった者として。


「でも僕は、死んでやるつもりはないんだよな」


放課後までに素振りの練習は必要になる。あとは必要最低限の情報収集。

結局死ぬつもりはなくても人は死ぬ。できることだけやってあの世に行くのが正答だ。

だけど。たとえあの世に行ってしまうとするならば


「一泡二泡くらい吹かせてやりてぇよな」


目立ちたいわけではないし、何かで一位になりたいわけでもない。なれる才能もなるための努力も足りるわけがない。だがどうせ死ぬなら勝ちたいじゃないか。負け犬根性は勝つための布石以外に使わねぇ。


コトが残虐無比な殺し合いであるならば、奴に勝てる奴は存在しない。

だがコトが勝負事であるならば、なんとルールが存在する。してしまう。

ルールとは解釈次第で持たざる者にとって武器となり、才あるものを縛る枷にもなる。



「おー。来たか。もう始まってるからなー。次小原がバッターだからな。」


「こちとら野球のルールも知らないド素人だ。お手柔らかに頼みたいんだけどねぇ」


誘ってきた奴は投手。それは確実。僕はバッターボックスを見る。人だろうか。倒れている。

さっきまで誰かが彼のボールを打とうとしていたんだろう。誰かは分からないけど。

顔がつぶれている。どんな豪速球をぶち当てられたらこうなるのか分からない。


「ああー。そいつ邪魔だな。デッドボールだから1塁へ行ってほしいんだけど。意識なさそうだし無理か。」


何事もなくつぶやく彼。僕は少し笑った。この大都会において、野球ではこれが当たり前。

僕は、覚悟を決めてバッターボックスに入る。


「あー。ルールなんてどうでもいい。俺が投げる。お前が打つ。それだけ。俺は俺の球を打ち返せるやつを探してるんだ。」


だから、と呟いたところで時が止まる。気づけば僕の顔面すれすれにボールが飛んできていた。

フェンスをぶち破り、校舎の壁に穴が開く。校舎の中から悲鳴が聞こえてくる。


「俺の球を打ち返せないやつは、とりあえず死ねってことで」


「おーけー。あんたが投げた球を1球でもバットで打ったら俺は帰るよ。意外と忙しくてね。今回は引き受けたけど、次はもう誘ってこないでね。」


「へぇ。死ぬ気はねぇってことかいな。身体の原型留めなくなるまで投げてやるから安心して帰っていいぞ。忙しいところわりぃな。もう二度と誘うことなんざねぇよ」


乾いた笑いがこぼれ出る。ああ、生きるのは難しい。でも僕はいつも案外しぶとく生き残る。


「さーて。どうやって生き残ってやりますかね。」


虚言妄言猿芝居。凡人活劇の始まりだ。











「がははは!だっせー!打たれたんだ!?それで!カッコつけたくせに!!?はははははは」


「黙れ。殺すぞ。」


翌日、病院で手当てを受けたのは僕じゃなく殺人デットボーラーの方だった。


「でもお前の球打ち返せる奴いたんだな。んで、跳ね返ってきた球が腹部に当たってビッチャー試合続行不可能で幕引きか。んー。言っちゃあなんだが、俺から見てもカッコ悪いな。でもその小原ってやつもすごいんじゃないか?」


「かははは!確かに、じゃあ俺ら打ち返せるかっていうと、打ち返せないもんな!ははは!」


病室にはベッドで寝る者の姿が一人、ベッド脇に腰を落とす者の姿が二人。

デットボールを受けず生き残った二人。彼らですら、打ち返してなどいないのだった。


「違う。奴は・・・・。」


彼の顔は別に悔しそうな顔ではないと二人は悟った。そして、仲間がまた増えそうな予感がした。

楽しいやつを見つけた、と彼の顔が物語っていたからだ。


「小原の野郎、俺が投げる瞬間を狙って俺の顔面めがけてバットをぶん投げてきやがった。」











球を投げるその瞬間。手からボールが離れる一歩手前。人をえぐる速度がボールに込められるまさに瞬前。気づけば目の前に飛んでくるバット。


「うおおおおおお!??」


咄嗟の判断。フルスイングのバットをまず避けるしか意識はむかず。ボールは力なくピッチャーの付近にポイと投げ捨てられる。


そして

ワンバウンドしたボールを、

バッターボックスからピッチャーに向かって全力疾走した小原が

ピッチャーめがけて

すぐに拾った予備のバットでブチ当てた。


「がっ!はぁああ。。てめぇふざけんじゃねぇぇぞ・・・。」


「君は投げた。僕は打った。僕は勝ったでしょ?僕は帰るよ。」


うずくまる殺人鬼を背に、僕はゆっくり歩きだす。


「事前に伝えたけど、僕は野球のルールを知らない。君はそれでいいといったはずだよね。」


「バッターはバッターボックスから打つときは動いちゃだめとか知らないし、ピッチャーに向かってバット投げちゃダメとか聞いてないしね。まぁ、早くスイングしすぎて手が滑ったってことで」


「ワンバウンドしたボールを打っちゃいけないとも聞いてない。」


肺付近を狙って当てたから、呼吸も少し辛いのだろうか。ろくに返事も帰ってこない。まぁいいか。


「君の言う通り打ったからもう誘ってこないでよ。僕はさ」


放課後までにスイングの練習をした。殺害現場を撮っていた人から投げる瞬間、投げる癖を目に焼き付けた。そして調査の結果


「自分で提示した野球のルールを守れないようなスポーツマンシップのない奴は嫌いだからさ」


彼の野球に込める熱と、スポーツマンシップが弱点だと知った。











そして数か月がたった。


ところでみなさんは草野球というものを聞いたことがあるだろうか。

よく聞く一般的なやつじゃなくて、正式な整備された場所でやる野球ではなく野原とか空き地でやる野球って意味でも全然なくて


「小原、今日暇か?草野球しようぜ。」

「いやだ。」


それは、地獄のワード。死への招待券。懺悔までのカウントダウン。耳にしたくもない言葉。

今日もまた、その言葉を聞いてしまった。

誘われてしまった。もう全然断るけれど。


「おいおい、げんなりとした顔すんじゃねーよ。俺から一本打ち返した男だろぉ?」


教室の空気は凍らない。なぜあの男子は悪魔の誘いを断って殺されていないのか。クラスメイトは皆訳が分からない。そもそもなぜ生き残っているのか。そっちは僕も奇跡だと思っているし僕もわからない。

先生なんか出席簿から本当に僕の名前を消していたみたいで慌てて付け足していた。ちょっと悲しい。


「誘わないって最初の約束は嘘だったのか?僕は嘘つきと友達なのか?」


「そんなこと言うなって。他校との練習試合が決まってさ。こっちメンツ足りねぇの。一緒に殺りに行こうぜって話よ。いいだろ?助けてくれよ。今回だけだからさー。」


今回だけってのは嘘である。そんなこんなでいつも練習試合という名の、他校生徒との殺し合いに巻き込まれる。もう逃げたい。

いやいや、こんな心持ちでは生き残れないのであった。デッドボールは急にやってくるもの。どこに逃げたとて、どこにでもこんな奴はいるものだ。そもそも他校のバケモノ集団は野球とは無縁。野球関係ない。なのでもはや草野球という建前は捨ててほしいくらい。というか不良との抗争なんてやめてほしい。僕とか関係ないじゃないか。


「野球はチームワーク?だっけ?が大事だろ?作戦たてて全体を指揮する脳みそがいなきゃ試合にならねぇじゃんかよ。今回も頼むぜ。ブレインさんよ」


返事を聞かず、そういって彼は去っていった。彼が教室から出て行っても雰囲気は相変わらずよくわからない状態のままである。


「脳筋ばかりのバケモノしかいない状態の尻ぬぐいをやれってことだろ?いい加減休ませてくれ。死に急ぎたくはないんだけど、ねぇ」


つぶやきながらも考える。足りてないのは情報。最善は無傷の勝利。最低でも自分だけは生存ルートを確保しての安定択を選び抜く。

イチかバチかの勝負なんて、後にも先にもデットボーラーとのタイマンでおなか一杯だ。

昼飯の時間がそういえば始まっていた。糖分を補給しつつぐーっと大きく伸びをする。

どんな手を使っても、どんな状況においても。才能はなくてもゴキブリのようにしぶとく、末永く。


「さーて。今度はどうやって生き残ってやりますかね。」






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