過ぎ去りし日々の記憶
それから数年、アリアはこれまでの人生のなかで最も輝かしい日々を過ごすことができた。
アリアはジークの師匠として、母妃の幼馴染みでもあった元騎士団長のエリックを連れてきた。
エリックは、王に目の敵にされるアリアにとって、数少ない味方の一人だった。現役時代からさりげなくアリアを隠してくれた恩人でもある。
そして、エリックは指導者としても、申し分ない能力を持っていた。突然現れたジークを快く迎え入れ、良く導いた。なので、アリアはジークを鍛え上げるための一切をエリックに丸投げ......もとい、【委任】して、自分は優雅に読書に耽ったのである。
さすがに怒るかなと思っていたが、驚くべきことに、彼はアリアの予想を遥かに越える頑張りを見せた。
めきめきと騎士としての力をつけ、半年もしないうちに、他の騎士に混じって訓練を行えるようになったのだ!
「アリア様、ジークはどうやら魔法の才能があるようです」
「魔法?」
「はい。試しに魔剣を握らせてみたところ、見事に扱って見せました。特に火魔法が得意なようです。」
この世界には、魔法や魔術が存在する。
しかし誰もが扱えるわけではなく、一部の人間に、ごくまれに宿る力だ。
ジークへの説明の際には少しはぐらかしたが、実はグレタナ王国の騎士団にいる平民のほとんどが、魔法の才能を認められた者たちだった。
普通の生活では恐ろしくて使えないような力でも、騎士団にとっては貴重な戦力である。国も魔力持ちには厚待遇を約束している。
特に最近は皇国の動きが怪しいので、グレタナ王国でも魔力持ちの者に対する騎士団への誘致は、積極性を増していた。
アリアは誇らしそうに報告するエリックの向こうで、顔馴染みになった騎士と鍛練を行うジークを見つめると、金色の瞳を細めた。
(うーーーん、これは予想外)
アリアがそのとき覚えた微かな不安は、残念なことにその後現実のものとなった。
ーーーーそれからほどなくして、国王デロイより、ジークを正式に王国騎士団に所属させるように、という命令がおりた。
(やられたわ...)
アリアは内心奥歯を噛み締めた。
騎士団に所属するということは、当然ながら、従うべきはあくまで国王ということになる。
それが嫌だったので、アリアは本当はこっそりとジークを確保しておきたかった。が、魔力持ちなら仕方がない。国のために必要な力であることは間違いないのだから。それに「今後のこと」を考えると、騎士団に所属しておいたほうが、ジークにとっては間違いなくプラスになるとアリアは読んでいた。
諦めかけたアリアだったが、エリックや、現騎士団長(エリックの部下だった男だ)のそれとない働きかけのお陰で、ジークは「騎士団に所属するアリア王女専属護衛」という肩書きに変わった。
アリアとジークが出会ってから、ここまでで約2年。その後1年は特に大きな事件もなく...たまーに命の危機を感じる場面があったがジークが何とかしてくれた...過ごせたのだが、アリアが13歳になった年、今度は大陸全土に激震が走ることになった。
ーーーーイフリード帝の治世にかわってすぐ、皇国が他国への侵略を開始したのだ。
アリアが13歳。ジークが18歳の時の出来事である。
ほどなくして、王国の国境付近でも他国との小競り合いが頻発するようになった。
当然、騎士団が鎮圧に当たる。
アリアを最も苦しめたのが、事が起きる度に、国王直々に下されるジークへの出征命令であった。
明らかに、アリアへの嫌がらせである。
兄王デロイはまだ、憎き妹に絶望を与えようと躍起になっていたのだ。
そして、その作戦はアリアに対して「効果てき面」だった。
命令が下される度、彼女は激しい怒りに襲われた。
ーーーーーよくも、よくも、よくも......
今にも国王の部屋に乗り込みかねないほどの怒りに震える主人に反し、ジークは飄々としていた。
「それで殴りかかったりしたら、不敬罪だとかなんとかいってあんたを責めるつもりですよ。乗っかるだけ損です。なぁに、俺が勝って戻ってくればいいだけじゃないですか。」
昔はよくアリアにからかわれて、真っ赤になっていたジークだったが、その頃には二人の立場は逆転していた。
どんなときも、ジークがアリアの前を歩いてくれた。アリアは、自分がこんなにも誰かに頼るようになるなんて、全く想像もしていなかったのだ。だからこそ、失うことが恐ろしい。
大きくなったジークの背中が戦場へ向かうのを見送る度に、アリアは激しい後悔に襲われた。
(ああ、なんでわたしはあのとき、ジークを連れてきてしまったんだろう...!)
自分があのときあの判断を下さなければ、ジークは血にまみれた戦場になどいかずに済んだかもしれない...。
そんな主人の心を守るかのように、ジークは必ず帰ってきた。そして負けん気が強い彼は、参戦の度に大きな功績を上げて帰ってきたのである。
あっという間に、ジークは「英雄」とまで呼ばれるようになったのだ。
大臣や軍部からの強い推薦で、王からの「表彰」が決まったとき、ジークはニヤリと笑って、「ほら、俺が勝っただろう?」とアリアの頭を小突いた。アリアはそのとき、ほんのちょっぴりだけ泣いた。ジークは気づかないフリをしてくれた。
***
少しずつ、2人の関係が変わってしまったのは、アリアが15歳になる年に入った頃だった。
これまでに、和平の証などと称して、デロイは兄弟姉妹を次々と他国へ追いやった。
なかには幸せな結婚となったものもいるが、人質として一生囚われの身になったものもいる。
アリア以外に残っているのは、病気で長らく臥せっている長兄のみである。
アリアは長兄の「人となり」をよく知っているので、彼のことはそこまで心配はしていない...が。
きっと、次はアリアの番だ。
デロイのアリアへの憎悪は想像を絶する。まだなんの沙汰もないのは、恐らく最もアリアを苦しめる選択肢を、虎視眈々と待ち続けているからなのだろう。
戦乱が始まってから、人手の問題か、暗殺こそなくなったが、アリアは相変わらず気の抜けない日々を送っている。
そのくせ、国王は戦など知らぬかのように、相変わらず豪華絢爛な催しを、連日のように行っていた。
(国を守る軍の準備も追い付いていないのに...豊かさも、何もない国だわ......)
やはり、王の資質が問われる時代になった。あの頃より大人になったのに、アリアは未だに何の力も持たない自分に憤りを覚えた。
昔と変わらず、薄暗い部屋の窓から、アリアは宴が行われる本宮を睨み付ける日々だった......
さらにアリアを悩ませたのが、ジークの変化である。
「英雄」と呼ばれるようになってほどなくしてから、彼は、なんというか、「浮き名」を流すようになったのだ。
やれあの家の娘とデートしていただの、あの貴婦人と逢い引きしているのを見ただの、噂には事欠かない男になった。そのくせ、相変わらずアリアの護衛は飄々とこなしている。
20歳という男の盛りをむかえたジークは、たいへん見目麗しい美丈夫になったのだ!
銀色の髪を撫で付け、騎士団の制服に凛々しく身を包む彼は、乙女たちの心を瞬く間に射止めた。恐ろしいことに、アリアですら、彼を見るとくらくらしてしまうほどだった。
たくさんの家から、彼宛に舞踏会の招待状が届くようになった。
「英雄」となった彼を戦場に送るのはさすがのデロイ王にも難しかったのか、戦の変わりに、彼はパーティーに出陣するようになったのである!
......が、アリアは彼には何も言わなかった。
いつもヒラヒラと手を振ってジークを見送った。
ーーーーーそんな彼女を、ジークが物言いたげに見ているとも知らずに.........。
次で過去編がようやく終わります...!お付き合いいただきありがとうございます泣