始まりの記憶
もう少し、もう少し過去にお付き合いください...!
無我夢中で走り続けたら王宮でした、というありえない状況に腰を抜かしたジークを見て、アリアはとても満足した。
この人驚くかな、と思いながら走り抜けた時間は、本当に楽しくて鼻唄を歌いたいくらいだった。
それに、アリアはあのとき、生まれて初めて「自由だなぁ」と思った気がしたのだ。あの身体中が軽くなる感覚は病みつきになりそうだ。ジークがいればまた味わえるかしら、と期待に胸を膨らませた。そんなことも初めてだった。
(さて......これからどうしようかしら)
アリアは驚きすぎて魂の抜けかけてる少年を見ながら、思案した。
賢いアリアはその数分の間に本当にたくさんのことを考えたが、結局、あの小屋で閃いた案をそのまま採用することにした。
「ジーク、貴方、わたしの騎士になってくれないかしら」
「は......?」
ジークはポカンとしている。そして、呆れたように言った。
「なにおかしなこと言ってるんだよ、俺が騎士?なれるわけないだろ!......ていうかお前は、結局何者なんだ!?」
ジークの言うことも尤もである。アリアはふむ、と頷くと、なにも言わずに部屋の奥にある扉のなかに消えた。
ジークが訳もわからず混乱していると、あっという間に再び戻ってくる。「なんなんだ!」と声を上げそうになったジークは、戻ってきたアリアの姿を見て言葉を失った。
アリアは帽子を脱いで、長い黒髪を惜しげもなくさらし、メガネをとり、濃紺のドレスに着替えてきたのだ。
その姿はまるで夜を司る精霊のようで、ジークは見惚れた。
アリアはまたニンマリ笑うと、優雅なカーテシーを披露し、良く通る声で言った。
「グレタナ王国が末の王女、アリア・リリー・グレタナでごさいます。」
そして顔を上げると、朗らかに笑ってジークを見たのだ。
***
「色々考えたんだけど、やっぱり貴方には私の騎士になってもらいたいのよね」
アリアの説明はシンプルだった。
自分は末の王女で、王位にも全く興味はないが、兄である国王にとにかく嫌われていて、最近では命まで狙われていること。
今まではこっそり城の外に逃げていたが、バレるのも時間の問題であるということ。
護衛がほしいが、素行調査などをして騎士を選ぶより、信用のおけるものをイチから作るほうが効率がいいと考えていること。
いまだに放心状態だったジークだが、その説明を聞いてから慌てて自分を取り戻した。
「ちょ、ちょ、いくらなんでもそんな。大体、俺は平民だぞ!」
「あら、我が国では騎士になるのに爵位は必要ないのよ!平民出の騎士で出世した人だって何人もいるわ!」
「そ、そ、そうなのか...?」
「そうよ。それに強くなれば身分など、些末な問題だわ。圧倒的な力の前では、血筋など無意味よ」
ぐふふ、とアリアは不気味に笑った。
それでもなお躊躇いを見せていたジークだが、不意にハッと目を見開いた。
そのままじっと、アリアを見ている。
「......?なあに、どうしたの?」
アリアが金色の瞳を瞬いて首をかしげると、ジークはぐっと拳を握った。
「......わかった。俺が、なってやるよ......お前の騎士とやらに!」
それが、2人の物語の始まり。
アリアが死ぬまで大切にすると決めた、大事な日の思い出だった。