表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/40

出会いの記憶②(ジーク目線)

「じゃあ、あなた、私のモノになってくれる?」


目の前で嫣然とほほ笑む少年(と思われる)をジークは半ば呆然として見上げた。

その笑顔はまさに天使の如し。見惚れてもおかしくない状況だが、なぜか彼の背中を冷たい汗が伝った。


(なんだ…!?なんか追い詰められてる気がするぞ!?)


そもそもどうしてこうなったんだ?

ジークは混乱する頭を何とか働かせて、これまでのことを思い出していた。


ジークはもうずいぶん長く、独りで生きてきた。

ろくでもない両親の間に生まれ、ろくでもない環境で育てられた…いや、放っておかれていた自分は、当然のようにろくでもないやつになるしかなかった。

もちろん金銭的余裕なんて一切なかったので、飲むのも食べるのも、盗むか拾うかしかない。

それでもどういうわけか病気ひとつすることなく、気づいたら15歳まで生き延びていた。

両親はいつの間にか死んでいた。食べ物を探して街中を彷徨い歩いていたので、「家」なんてものの存在も久しく忘れていたほどだ。その事実を知っても感情は動かなかった。


今日だって、そんなろくでもない人生の、なんてことない1日にすぎなかった。

ただ、腹が減っていた。とにかく、とんでもなく、腹が減っていたのだ。

だから、少しおかしくなっていた。「なんてことない日」には絶対にやらないようなことに手を出した。


目の前を通った、見るからに悪そうな大柄の男。

そいつのズボンのポケットから覗く財布が見えた瞬間に、なぜかジークは手を伸ばしていたのだ。


―――――生まれてからずっとろくでもない暮らしをしてきたからこそ、ジークは「線引き」をしっかりしてきた。


手を出していいこと、悪いこと、近づいていいヤツ、悪いヤツ…

適切な見極めによって、こんな人生でもなんとか生き抜いてきたのだ。


それなのに…


(うおおおお、絶対エ、間違えた!)


無意識につかんだ財布。振り返る男。怒りの形相…


(終わった…)


――――そして、ジークは薄暗い部屋に投げこまれ、上半身を縄でぐるぐる巻きにされたのである。



放り込まれた先には先客がいた。見るからにジークより幼い少年だ。

手足を縛られた状態でポカンと見つめてくる瞳は、獣を思わせる透き通った金色だった。

綺麗な顔してるな、と思ったのもつかの間、そいつはシンプルに生意気な奴だった。

ジークをバカにしているのが一目でわかる。


(なんだよ、お前も縛られてるくせに…)


心の中だけで思ったつもりだが、もしかしたら声が出ていたのかもしれない。

反論するかのように、目の前の少年が立ち上がった。

そう、立ち上がったのだ。縄で縛られていたはずの手足を自由に動かして。


「!!!???」


どういうわけか、少年を縛っていたはずの縄は床に落ちている。

ぎょっとして固まるジークを事もなげに見つめると、口を開いた。


「わたし、もう行くけど。あなたはどうする?助ける?」



わたし…?あなたはどうする…だと?

あまりに動揺しすぎて、ジークは少年に対してふと覚えた違和感をうまく認識できなかった。


「な…ななな、なんで…」


うまく言葉が出てこない。そんなジークを笑うでもなく、目の前の少年淡々と問いかけた。


――――ん?いや、少年???


「なんで、は何に対する質問?私の縄が抜けたこと?それとも助けるか聞いたこと?」

「……ど、どっちも…」


驚きすぎて素直になったジークが可笑しかったのか、少年はクスリと笑った。

その柔らかな笑顔にあてられて、ジークは頬が熱くなるのを感じる。

しかしその元凶は特に気にした様子もなく続ける。


「これ、縄抜けっていうちょっとした裏技なの。本で見たから、縛られるときに試しにやってみたのよ」

「た、試しにって…」

「あなたを助けるかどうか聞いたのは、もしかしたらあの男が実はあなたの父親とかで、ただの躾だったら余計なお世話かなって」

「し、躾え!?そんなわけあるか、他人だあんなヤツ!親なんてとっくの昔に死んだ!」


ジークが反射で答えると、一問一答に満足したのか、少年はふむ、と黙り込んだ。

そのままじっと、ジークを見つめてくる。

見たこともない金色の瞳が、自身をまっすぐ映しているのに慣れなくて、ジークはだんだん逃げ出したくなってきた。縛られているので無理な話なのだが。

しばらくそうしてジークを眺めて…いや、「観察」していた少年は、急に満面の笑みを浮かべていったのだ。


「じゃあ、あなた、私のモノになってくれる?」


鈴の音のようなその声を聴いた瞬間、ジークはようやく目の前の少年が、「少女」であることを理解した。

それと同時に、自身が今人生の岐路に立たされていることを、心の奥底で感じとった。


(やばい、俺…今、絶対エやばい…)


止まれ~~~と頭の片隅でもう一人の自分が叫んだ気がしたが、無意識のうちにジークは首を縦に振ってしまっていたのだ。



***


ジークが頷くと、少年…いや少女はそばに寄ってきた。

そしておもむろにズボンのポケットに手を突っ込み、何かをつかんで出す。折り畳み式のナイフだ。

素早く刃を出すと、そのままジークを縛る縄をザクザクと切り始めた。

なぜこんな子供がナイフを持ち歩いているのかも含め、ジークは何もわからず、混乱し続けていた。


ギチギチに縛られた縄を少しずつ切りながら、少女は口を開く。


「わたし、アリア。あなたは?」

「…ジーク…」

「ジーク…呼びやすくていいわね…」


ずいぶんテキトーな感想だ。ジークは呆れた。いまいちアリアのことがよくわからない。

数分もしないうちに、縄はすべて切れた。ジークは肩をぐるぐる回す。

驚くことが多すぎて空腹もどこかへ行ってしまった。そもそも空腹でないことなど、生まれてから一度もないのだ。慣れている。


アリアは、見れば見るほど美しい少女だとわかった。

ジークを揺さぶった金色の瞳はもちろんのこと、抜けるような白い肌も、桃色の唇も人形のように愛らしい。帽子からこぼれ落ちている黒髪も艶やかだ。


(…さては良いところの嬢ちゃんか?でも、それにしては行動が奇抜すぎる…)


そんなジークの思案を知ってか知らずか、アリアはおもむろに「武器を作る」といった。


「武器い?」


そんなもの、見当たらない。薄汚れた部屋には自分たちを縛っていた縄と、ぼろぼろの廃材があるだけだ。

きょろきょろと視線を彷徨わせるジークをよそに、アリアはおもむろに、履いていた靴下を脱いだ。

唐突にのぞいた真白くて小さな足に、ジークは慌てる。


「ちょ、ちょちょちょ、何してんだよ!」

「だから、武器を作るのよ」


わたわたするジークを尻目に、アリアは靴下の中に土を入れ始めた。

家屋がぼろすぎて、床板の間から地面がのぞいていたのだ。


靴下の中にこぶし大の土を入れ終わると、きゅっと口を縛った。

そして端をもつと、数回ぶらぶらと回して感覚を確かめる。ひゅんひゅんと鋭い音がして、見ていただけだが、ジークは少しひやりとした。


「よし。本で見た通り。これならまあまあの威力がありそうね」

「おおおお、お前、何者なんだよ…」

「それは、まあ、後でわかるんじゃないかしら?」


意味深にそういうと、アリアは表情を引き締めてジークを見た。


「ジーク、あなたが連れてこられたとき、ここには何人のひとがいたの?」


問われてジークは思い出す。少なくとも自分が来た時には他に人の気配はなかった。


「たぶん、あいつだけだ」

「きっと子供しかいないし、縄で縛るから油断しているのね……わかった。ジーク、私が合図したら勢いよくドアを開けてくれる?このドア、鍵がかかっていないみたい」


さっきまで縛られていたくせによくそんなことに気が付くな、と感心するジークを無視して、アリアは扉に近づく。ジークもあわてて後に続いた。


緊張しながらドアノブに手をかける。アリアは扉の近くに立って、腰をかがめている。


…一瞬の沈黙。


アリアは大きく息を吸うと、ジークに目配せした。

ジークはもう何が何だかわからないまま、勢いよくドアを開けた。


(うおおおお、本当に開きやがるし!)


戸惑うジークをよそに、アリアは目にもとまらぬ速さで外に飛び出した。一瞬の後、ゴッと鈍い音が響いて、どさりと人が倒れた気配がする。

ジークが恐る恐る外をのぞくと…


男を殴って昏倒させたアリアが、暗闇の中で息をついていた。


「行きましょう。走るわよ」

「えええええええ」


アリアは全く事態を呑み込めないジークの腕を引っ張ると、そのまま建物の外に飛び出て、街の中を駆け抜けた。

年下の少女とは思えない速さである。栄養の足りないジークのほうがよっぽど体力がない。


(俺、とんでもないヤツにつかまってしまったんじゃ…)


ジークのその悪い予感は、きちんと的中することになる。


***


永遠とも言える長い時間、2人は夜の街を駆け抜けた。

アリアが全く止まる素振りを見せないので、ジークは次第に不安になってきた。脚もそろそろ限界だ。


「おい...おい、どこまでいくつもりだよ!こっから先なんて、もう王宮くらいしかないんじゃないか!?」


ジークはこんなにも街の奥に入ってきたことすらない。王宮に近づけば近づくほど、そこは高級住宅地になるからだ。

息を切らしながら問いかけるジークに、アリアはニヤリと笑いかけた。


「そうかもしれないわね」


え、なんだよその顔は。

ジークはまたしてもヒヤリとした。あるひとつの考えが浮かぶが、慌ててまさか、と否定する。

でも、アリアは全く止まらない。


2人は走った。ずーーーーっと走り続けた。



そうして、なんだか湿っていて、虫ばかりのトンネルのようなところを抜けた先で、ジークが腰を抜かすことになったのは言うまでもない。


アリアは王宮の自分の部屋で腰を抜かしたジークを見て満足げな顔をした。

アリアはクールな顔をして、イタズラ好きなわんぱく娘です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ