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出会いの記憶①(アリア目線)

過去の話です。

どこで切ったらいいかわからなくて、ちょっと長めになってしまいました…

祖国で兄王子デロイから受けた数々の仕打ちは、アリアにとって間違いなく不幸で憂鬱なものだったが、それ以外の暮らしについては、実のところあまり不満を感じていなかった。


アリアは元来マイペースな性格をしていた上、全く王女らしくない価値観を持っていたからだ。


母妃もそうだった。

母方の一族は肩書きこそ貴族ではあったが、しがない子爵位を持つだけで、社交ではあまり大きな力を持たなかった。その代わり、とにかく知的探求心に溢れた血筋であったので、その知識を買われ、代々王宮図書室の司書を勤めてきたという。


なので、遺伝子の時点から、社交よりも本を好む傾向が強く、その特徴はアリアにも色濃く現れていた。

父王、母妃を「不幸にも」立て続けに亡くしたアリアだったが、半ば閉じ込められるようにして過ごす王宮での暮らしにも、本さえあれば特に問題はなかったのである。


兄弟姉妹の中には好ましい人間も何人かいたし、助けてくれる使用人や騎士もいた。

ただ生きていくだけであれば、特に問題はないと思っていた。



――――しかし、デロイが王位についてしばらくすると、少しだけ状況が変わることになる。



念願叶って王になるのだから、さぞかしご機嫌になるだろうと踏んでいたアリアの思惑とは反対に、デロイから向けられる憎悪は日増しにひどくなっていった。


理由は「妬み」だ。


アリアは賢かった。しかし、当時はまだ幼かった。

血筋柄、気になったことはとことん調べるタイプである。そして、得た知識を活かせる機会があらば披露したくなる。そういう年頃だった。


顔馴染みの大臣が、相次ぐ不作に悩んでいると聞けば、本で得た知識をもとに新しい農法や新しい作物を提案した。

異国から商人が来たと聞けば覚えたての外国語を流暢に披露し、商売のプロも舌を巻いてしまうほどの手腕で、大口の取引をまとめたこともある。

その全てがアリアの「知的探求心」、ただそれのみからきているとしても、その全てを成し得なかったデロイの腸は煮えくり返った。


王宮中がまだ幼いアリアに期待した。王であるデロイを差し置いて。


デロイはアリアを妬ましく思い、憎悪した。

「あいつがいなければ」と考えるようになった。

そうして、状況は一変することになる。


大目に見ればただの嫌がらせにすぎなかった数々の行動は、次第に命を脅かす危険性を伴うようになった。それは兄弟姉妹全員を怯えさせたが、中でもアリアは執拗に狙われた。

暗殺まがいのことを仕掛けられることが多くなり、王宮にいることは死ぬことを意味するように感じ始めた頃、アリアは偶然隠し通路を見つけた。

道の先は城下街らしい、と気づいてからの行動は早かった。


アリアは危険な王宮を抜け出し、日々の大半を外の世界で過ごすようになったのである。


――――そして、後の護衛騎士であり、初恋の相手となるジークと出会ったのだ。


何度も言うが、アリアはあまり王女らしくない価値観を持つ。

第一に知識、その次に経験を重んじているので、身分の差なども全く気にしない。

なので、街中で平民のフリをして逃げ回ることにも抵抗を感じなかった。命が大事である。


そして、相変わらず知的探求心に満ち満ちていた。とはいえ、これまでの反省を生かして、知識を無防備にさらけ出すようなことなどしない。ただ吸収するのみだ。

城下街での日々は、アリアにとても良い影響を与えた。絢爛豪華な王宮などという狭い世界では得られないものが、そこにはたくさんあった。


その日も、アリアは王宮にはびこる「嫌な視線」から逃れるべく城下へ出た。

薄暗くて湿った隠し通路を抜けて最初に息を吸った瞬間、アリアはようやく肩の力を抜くことができるのだ。


(隠し通路は湿っているし虫もいるけど、王宮内のあの淀んだ空気よりはずっとましだわ)


アリアは鼻歌交じりに街へ繰り出した。もう何度も抜け出しているので慣れたものだ。

服装も、良くしてくれるメイドから、弟のお下がりを借りている。なんとなく、自分の容姿は人とは違うようだという自覚を持ち始めたので、最近、顔見知りの文官から眼鏡を譲り受け、レンズをぶち抜いた。それと、長い髪の毛を全部しまえる優秀な帽子を含めた3点セットが、お気に入りのお出かけスタイルである。

女より男のほうが独り歩きの危険度が下がるのは、大人も子供も同じだ。


(今日はどこへ行こう?あっちの大通りはこの間見たばかりだから、やっぱり裏の通り…は、危ないかしら)


アリアも一応は姫なので、世間一般の常識には疎いところがあるが、それでも大通りから一本横へ入った薄暗い通りを歩くのはためらわれた。

命を守るために逃げ出しているのに、出先でやられたら意味がない。


「よし、少しだけ街の中心のほうへ行ってみよう」


城下街は円形に広がっていて、王宮はその円の端、街の入り口から最も離れた位置にある。

いつもはあまり遠くまではいかないのだが、少しだけ冒険してみることにした。

王宮の中にいる時間は短ければ短いほど良い。


街の入り口から王宮をつなぐまっすぐ長い大通りを、アリアはずんずんと進んでいった。

王宮の雰囲気とは異なり、街は活気づいている。そもそも技術者の国だ。道も建物も整備されていて、全体が明るい。

アリアは王宮のことは正直好きではないが、この街は好きだった。守りたいとも思う。

そのためには良い王が必要だ。城のメイドたちの噂話では、最近、皇国が戦争の準備をしているらしいし、王族の質が問われているような気がする。


(ウチはどうかしら…デロイ陛下は…王になって何をするかより、王であることを大事にしているような気がする…)


不安を覚えていても、10歳のアリアにできることは少ない。そもそも、自分の命を守ることですら精一杯になってしまっている。

少しだけ欝々とした気持ちになってしまったアリアは、背後から忍び寄る暗い影に気づくことができなかった。



***


(…やってしまったわ……)


薄暗い部屋の床に転がされた状態で、アリアは反省していた。その手足には縄がかけられている。捕まったのだ。


当然のことだが、王宮から離れれば離れるだけ治安は悪くなる。特に兄デロイ王の治世になってからは税金が上がり、貧困も加速している。頭ではわかっていたが、想像よりもずっと中心部の治安が悪かったのだ。

アリアは人通りがやや少なくなったタイミングで、唐突に後ろから羽交い絞めにされ、袋のようなものに詰められた。そして、今に至る。

しかし、アリアは冷静だった。幸い目隠しはされていなかったので、部屋の中を見渡して、「必要なもの」があるかどうかを確認する。


(うん…これなら何とかなるかな…)


少なくとも、アリアをこんな目に合わせたのはデロイの手下ではないようだ。

そもそも彼女が城下に逃げていることを兄は知らないだろうし、それに、最近の傾向からして、そんな隙を見つければ、「捕まえる」のではなく「殺す」のが指示になるだろう。

だとしたら、アリアは王宮に戻る手段さえつかめばいい。戻る先も安全とは限らないのが悲しいけれど。


とりあえず体制を変えようと、芋虫のように体を動かしながら、何とか体を起こした。

早速取り掛かろうとしたとき、扉の外が騒がしくなる。


「おい…離せ!ふざけんな!」


揉み合うような気配がして、唐突に扉がバタン!と開く。

大柄な小汚ない男が、痩せた少年の腕をつかんで、室内に投げ入れた。


「クソガキ!俺の財布を盗もうとしやがって!痛い目見せてやる!!」


男は叫ぶと、床に打ち付けられた少年を手近にあった縄でぐるぐる巻きにした。少年の上半身を縛り上げると、ふと顔を上げてアリアを見てニヤリと笑う。


「良かったな坊主、お仲間だぜ。仲良く売り払ってやるから楽しみにしとけよ」


坊主じゃないけど、と思いながらアリアはポカンとして男を見た。


(こんなに見るからに悪そうな人、はじめて見た!)


場違いなことを考えながら固まるアリアを一笑すると、男は部屋の外に出て、再び大きな音を立てて扉を閉めた。


「………」

「………」


アリアと少年は数秒、無言で目を合わせた。


(いや、なんか睨まれてるかも?)


とアリアが感じ始めたとき、「何見てんだ!チビ!」と大きな声を出して威圧してきた。

常日頃受けている「王宮式悪口」に比べれば、なんともカワイイものである。どう見ても年上の少年のことを鼻で笑うと、「弱い犬ほど良く吠えるわね!」と半ば反射で応戦した。


まだ幼い子供にそんなことを言われると思わなかったのか、少年はかあっと顔を赤くして怒りをあらわにした。しかし上半身を縛られた状態では何とも滑稽である。


アリアはふんっと馬鹿にしたように眉を上げると、少年を観察した。


痩せている。おそらく平民だが、眺めの銀髪の間から覗く同色の瞳も美しいし、存外きれいな顔立ちをしている。年齢は14~15歳ぐらいだろうか。


「なんでここに連れてこられたの?」


アリアが持ち前の探求心から尋ねると、少年は先ほどの仕返しをするようにそっぽを向いた。


「お前には関係ねえ」

「あっそ」


まあ、財布を盗もうとしたってさっき言われてたし、それ以上でもそれ以下でもないだろう。

アリアは少年に構うのをやめて手足をもぞもぞと動かした。

少年は馬鹿にしたように、「お前もつかまってるくせに」とでも言いたげな顔をした。いや、実際に言っていたかもしれないが、集中していたアリアにはどうでもいいことだった。


しばらくの間彼女は動き続けていたが、次の瞬間、唐突にすくっと立ち上がった。

その手足からは縄が抜けている。


「!!???」


少年はぎょっとしたようにアリアを見た。アリアも少年を見返す。


「わたし、もう行くけど。あなたはどうする?助ける?」

「な…ななな、なんで…」

「なんで、は何に対する質問?私の縄が抜けたこと?それとも助けるか聞いたこと?」

「……ど、どっちも…」


驚きすぎて素直になった少年にクスリとほほ笑むと、彼は少しだけ顔を赤らめた。

なぜ赤くなったのかはわからないが、アリアはなんてことないといったように答えた。


「これ、縄抜けっていうちょっとした裏技なの。本で見たから、縛られるときに試しにやってみたのよ」

「た、試しにって…」

「あなたを助けるかどうか聞いたのは、もしかしたらあの男が実はあなたの父親とかで、ただの躾だったら余計なお世話かなって」

「し、躾え!?そんなわけあるか、他人だあんなヤツ!親なんてとっくの昔に死んだ!」


そうよね、顔も似てないし。

助けてあげよう、と思ったところで、アリアはふと妙なことを思いついた。

いつもならそういうことはあまり考えないのだが、その時は非日常的な体験にあてられて興奮していたのかもしれない。


アリアはじっと少年を見つめた。

体は…瘦せっぽちだけど、背は高くなりそう。筋肉は鍛えればつくだろうし。盗みを働くくらい生活にも困ってて、親ももう亡くなったと言っていた。


(これは…運命ってやつかしら…)


急に黙り込んだ自分を不審げに見つめる少年に気づいて、アリアは満面の笑みを浮かべた。

人形めいた美しい顔に咲き誇る笑みは見るものを虜にする力があったが、少年はどきりとしつつも、背筋が異常に冷えるのを感じた。


そして少女は、鈴のなるような声で軽やかに少年に問いかけた。

「じゃあ、あなた、私のモノになってくれる?」

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