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それは、唐突に

アリアとリーゼロッタは、その後二人で一緒に軽食をとり、おしゃべりをしたり、(主にリーゼロッタが)歌を歌ったりして過ごした。いつも通りの日々である。


夕方になると、妃たちはそれぞれの部屋に戻らなければならない。皇帝からお呼びがかかるかもしれないからだ。


リーゼロッタはこの日もギリギリまでアリアの部屋で粘っていたが、だからどうなるわけでもないので、日が暮れる前に自室へと引き上げていった。

いくら同じ「上級妃」とはいえ、ここまで仲が良いのは自分達くらいだな、とアリアは思っている。


普通と違うとはいえ、ここも後宮。王配の座をかけてのバトルだって当然存在する。

アリアたちは特殊な「上級妃」なので、そういった争いとは無縁だが、他の妃とはあまり関わらないようにしている。警戒するに越したことはないのだ。


アリアは昨晩「仕事」をしたので、今夜は呼ばれることはないだろう。日が暮れてから湯浴みをして夜着に着替えると、布団に潜り込んだ。やはりお呼びはかからない。


少しだけほっとしながら眠りにつこうとしたとき、


ーーーーーふと、違和感を覚えた。 


遠くの方から怒号が聞こえた気がしたのだ。


アリアは身体を起こして、部屋の外の気配を探る。


(なんだか...騒がしい?......それに、なんだか......クサい!?)


おかしい!と瞬時に判断したアリアはガウンを羽織り、扉を開けて外に出た。ここでは妃が夜に勝手に外に出ることは禁止されているが、そんな場合じゃない気がする。


外に出ると、匂いはより一層強くなった。


ーーーーおかしい!おかしい!


アリアは廊下の窓から外を覗き込んだ。本宮のほうから匂いがする気がしたからだ。

身を乗り出すようにして本宮の方向を探り、目を動かす。


そしてーーーーー呆然とした。


(燃えている......)



大国イルヴィア皇国の本宮は、真っ赤な炎に包まれていた。


怒号もそこから聞こえているようだ。いったい何が起きているのだろう?


アリアは高速で頭を働かせた。

本宮には王の寝所がある。当然警備も厳重。

事故だろうか?いや、皇国はとにかく使用人の管理にも厳しいのだ。その可能性は低い。だとしたら...


「......【燃やされてる】の......?」


呟いたのは無意識だったが、その可能性が高いように思えた。

そう頭のなかがまとまった瞬間、アリアは走り出した。リーゼロッタのところへ行かなければ、と思ったのだ。


リーゼロッタの部屋はアリアの部屋のある廊下の角にある。あの炎が人の手によるものだとしたら、自分達も避難しなければいけない。

頭のなかでいくつかの避難経路を確認しながら走っていると、次第に後宮内にざわめきが広がってきたのを感じる。あれだけの炎だ。気づくのが自分だけではないのは当然である。


目的地まで数メートルというところで、部屋の扉が開き、寝ぼけ眼のリーゼロッタが出てきた。彼女は

走ってくるアリアに気づくと数度目を瞬き、首をかしげた。


「アリア?どうしたの?なんだか騒がしいよ......ね...っ!?」

「リーゼ!!!」


アリアはリーゼロッタが言い終わる前に彼女の腕をつかむと、自分の分の方に引き寄せて、そのまま全力で踵を返した。


ーーーー気のせいでなければ、扉の向こうに【男】がいた...!?


ここは腐っても後宮。男子禁制の女の園である。

だというのに、リーゼロッタが開けた扉の裏側に大柄な影が見えた気がしたのだ。


(やばい、やばい、なんだかやばい気がするわ......!)


「ちょっと、ちょっと、アリア!なに!?何が起きてるの!?」

「わたしにもわからないわ!でも本宮が燃えてる!それになんだか大柄の、男のような人影がみえたの!リーゼの部屋の近くに!」

「ええ!?どうしよう!?」

「だから逃げてるんでしょ!ほら!しっかり走って!!!」


2人は半ばパニックになりながらも走り続けた。次第に後宮内からも悲鳴が聞こえ出し、青ざめる。

しっかりと手を繋ぎながら走り続け、たどり着いたのは厨房だった。

ここまで複雑に道を曲がることを意識しからか、なんとか誰にも追い付かれずに来れた。


ここには窓もあるし、もしもの時用の武器もある。

アリアは素早く室内を確認すると、リーゼロッタを押し込み、自分も入ると、扉を閉めた。


「ど......な......アリ......」


ぜいぜいと荒い息を吐きながら、リーゼロッタは膝に手をついている。


(どうなってるの、アリア、かな...?)


と思ったアリアは、自分も乱れる呼吸を整えながら答えた。姫として蝶よ花よと育てられたリーゼロッタよりはよほど体力があるので、自分は問題なく会話はできそうだ。


「わからない...でも、おそらく皇宮が襲われてる......んだと思う......」

「そ......んな...ど、たら......」

「どうしたらいいかは、正直わからないけど、とりあえず自分の身を第一に考えよう。どこの誰に襲われてるとしても、本宮だけですむとも思えない」


リーゼロッタはもう声もでないのか、項垂れている。

アリアはその間も休むことなく、手近にあった包丁やフライパンを手に取った。少し心もとないが武器は武器だ。


こういうとき、アリアは逆に冷静になる。昔から兄王に散々やられてきた成果だ。誇らしくはないが。

頭のなかで、いつも自分を守ってくれた騎士の言葉が思い浮かんだ。


『いいですか、姫さん。本当にヤバイと思ったら、なりふりかまっちゃ、ダメですよ。相手がどうなろうとも、どんなにみっともなくても、生き残ることだけ考えてください。少しこらえてくれれば、そしたら、俺が必ず助けにいきます』


ーーーいつも自分を守ってくれた。飄々として、つかみどころがなくて、でも、いざというときには頼りになる、アリアの初恋の相手。



(そうだ。わたしはまだ死ぬわけにはいかないの...!)



大切な思い出を胸に抱きながら、アリアは包丁を握りしめた。

そのとき、扉の向こうから物音がした、アリアは窓際までリーゼロッタを引き寄せると二人でいつでも外に出られるような体制を取って、扉を睨み付けた。

あっという間で、鍵は閉められたけどバリケードは作れなかった。


(開けてきたのが近衛兵だったら助けてもらおう。でも、違ったら......)


アリアは包丁とフライパンをいつでも投げられるように構えた。横でリーゼロッタがぎょっと目を見開いているが構ってられない。


(こ、殺してでも生き延びる......!!)


アリアはこんなところでは死ねないのだ。

そう、『目的』を叶えるまでは......



ドンッドンッ



扉が激しく叩かれた。どうやら外から壊す気のようだ。

何度も激しい音が鳴り響く。リーゼロッタにいたっては恐怖のあまり声もでないようで、アリアにしがみついている。


アリアはいよいよ覚悟を決めた。


ーーーー次の瞬間、さらに大きな音がして、扉が弾け飛んだ。

(なんとまるごと【弾け飛んだ】のだ!!)


目に入った制服が近衛兵のものではない、と瞬時に判断して、アリアは全力で包丁を投げた。


びゅん!という激しい音がして、包丁は一直線に飛んでいく、続けざまにフライパンも投げる。力が入りすぎて目を瞑ってしまう。




「うお!あっっぶね!!勘弁してくれよ、姫さん!!!」




聞こえた間抜けな声に、アリアは再び別のフライパンをつかんで投げようとしていた手をピタリと止めた。



思考が停止する。 


突然動きを止めたアリアを、リーゼロッタが不思議そうに見つめている。


その間も声の主は、まるで空気を読まずに話続けた。


「ーーーったく、相変わらず跳ねっ返り娘だなぁ、姫さん。そんなんじゃ嫁の貰い手がなくなるぞ......まあ、全部じゃないだろうけどよ」



ーーーー跳ねっ返り?何を言っているの??

アリアは皇国にきてからはとにかく猫を被っていた。イフリードの機嫌を損ねないように細心の注意を払って......嫁の、貰い手がない?そもそも自分は「上級妃」だ。とっくに「嫁入り」していることになっている。その実態が一般的な結婚に則していないとしても、だ。


目まぐるしく思考が回るなかで、アリアは不思議と落ち着いていた。いや、正確には理解が追い付かなすぎて、脳が爆発寸前になり機能停止している状態だ。

それでも、アリアの鼓動が、ドクンと大きく波打った。


(うそ、うそ......そんなはず......)


否定しながら、でも期待しながら、アリアは閉じていた瞳をゆっくりと開けた。

アリアの金色の瞳が目の前の男の姿をとらえる。そして、認識する。




ーーーーー3年前に諦めたはずの初恋の騎士が、そこにいた。

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