エピローグ
上機嫌に鼻歌を歌いながら、ジークはフリジア伯爵邸の廊下を進み、庭に向かっていた。
通常であれば今は騎士団の団長室で書類仕事に追われている時間帯であるが、面倒になって抜け出してきたところである。
こういうとき、職場と家が近いといいな、とジークは思った。
(リアに会いたい時に、すぐ会いにこれる…)
あの伝説級の結婚式を終えてから、当然、2人は寝室も共にするようになった。ジークにとっては夢のような日々だ。
毎晩アリアには多少無理をさせてしまうが、新婚なのだから仕方がない、と開き直っている。
代わりに、離れるのが本当に嫌になってしまって、毎日仕事に向かうのが億劫でしかたがない。その反動でちょくちょくこうして抜け出してしまうので、ジークに反し、お目付け役のジェイドの機嫌は、毎日すこぶる悪い。
庭に出てすぐ、綺麗に整えられたガゼボに座るアリアの姿を見つけ、ジークは少しだけ足を速めた。
ジークに気づくとアリアは目を見開いて驚いた顔をしたが、すぐ呆れたようにため息をついた。
「ジーク!また抜け出してきたの?」
「ちょっと休憩。愛する奥さんを補給しに来た」
「まったく…もう」
どうせすぐジェイドに連れ戻されるか、と諦めてしまうアリアも大概である。
ジークはアリアの頬に軽い口づけをしながら、訪ねた。
「何してるんだ?」
「本を読んでいたの」
そう言ってアリアが持ち上げた本の表紙を見て、ジークはぎょっと目を見開く。
それは、アリアとジークをモデルにした、今大人気の恋愛小説だったからだ。
「なんちゅうもん読んでんだ!」
「この本、面白いのよ。まずね、2人の出会いが、お忍びで街に出た王女を、まだ平民だった騎士が助けたってことになっているの……実際に助けたのは私だし、貴方は縄でぐるぐる巻きになってただけだったのにね!」
「変な楽しみ方するな!」
にやにやと笑うアリアから、ジークは大慌てで本を奪った。
その存在は噂で聞いていたが、まさかアリアが読んでしまうとは…。
実は、すでにジークはさんざん、この本の内容でからかわれた後だったのだ。主にディートリヒとジェイドに。
アリアはともかく、本の中で描かれる英雄騎士と実物のジークとの差に、意地の悪い2人は大笑いしていた。好き勝手やってきたジークへの意趣返しもあるものと思われる。
悔しそうな顔をするジークを見て、アリアはかわいらしく笑った。
「でもね、私は嬉しいわ」
「…うれしい?」
いぶかし気に聞き直したジークに、彼女はぎゅっと抱き着く。
「こんな本が出るくらい、私たちのことをお祝いしてくれてるんだなって、嬉しい気持ちになるの。初めてこの国に、居場所を見つけられた感じがする…」
最後のほうは小さく呟くように話しながら、アリアはそっと、ジークから本を受け取った。
母妃が亡くなってから、アリアは王宮でも街でも、ずっと孤独を感じていた。
それを、ジークが引っ張り上げてくれたのだ。こちらの戸惑いなんか全部無視して。
「この本に書かれている英雄騎士は、確かに本物のジークとは色々違うけど…同じところもあるのよ」
「…どこが…」
「優しくて、温かくて…お姫様のことが大好きで、一途なところ!」
いたずらな顔をして笑うと、ジークはまぶしいものを見るかのように、目を細めた。
「当然……俺以上にリアを愛しているやつはいないよ。世界中の、どこにもな」
そのままアリアに口付けようと顔を近づけたジークだったが、庭の向こうから絶対零度の微笑みを浮かべて近づいてくるジェイドに気づき、動きを止める。
「お、これはまずい。リア、ちょっと我慢してくれよ」
「え?」
アリアが首をかしげる間もなく、ジークは愛する妻を抱き上げ、駆け出した。
「きゃー!何!どうしたの、ジーク!」
「ジェイドにバレた!逃げるぞ奥さん!」
余りの勢いに、アリアが抱えていた本が宙を舞った。
バラバラと落ちていく紙の向こうに、確かに恐ろしい顔をしたジェイドを見つけ、笑い出す。
猛スピードで動く景色に目を細めながら、アリアはいつかのように「自由だなぁ」と思った。
あの時は、アリアがジークを引っ張った。今は自分を抱いたジークが道を決めている。
当時は沸き上がらなかった想いが押さえられなくなって、アリアは華のような笑顔を浮かべて叫んだ。
「愛してるわ、ジーク!」
「俺もぉおおお」
必死に走りながら、律儀に返した愛しい旦那様に笑いが止まらなくなった。
アリアの楽しそうな声が、今日も家に幸せをもたらした。
これにて一旦本編は完結となります。
明日から数話、書きたいなぁと思っていた小話を番外編として上げて終わる予定です!
お付き合いいただきありがとうございました。
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