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目の前に現れたジークに、呆然とできたのは一瞬のことだった。

ジークはイフリードが動かなくなった隙をついてアリアを拘束していた鎖を焼き切ると、彼女を抱きかかえ、リーゼロッタのいるところへ素早く移動した。アリアは必死に彼にしがみついた。


「……ギリギリセーフ、か?リア、ケガはないか?」


問われて、アリアはこくこくと頷く。安堵でこぼれそうになった涙をぐっとこらえ、なんとか声を出す。


「ジーク!イフリードは首を切られても死なない!心臓を探さなくては!」

「心臓?」

「この前、図書室で気づいたの!生き物はみんな心臓を持っているはずでしょう?死なない魔女の心臓なら、それこそが力を持っていてもおかしくないわ!」

「なら、左胸を狙えばいいのか?」

「いいえ!さっき私が刺したけど、そこには心臓はないって、あいつが!」

「刺したあ!?」


状況も忘れてぎょっとしたようにアリアをみたジークだったが、彼女の靴から刃がのぞいているのをみて、おかしそうに笑った。


「やっぱ、あんた最高だな!」


そのとき、気味悪くうごめいていたイフリードの赤黒い肉体が落ちた頭にまとわりつき、再び合体した。


「うえ、なんだあれ」

「あの身体、『古の魔女の血』でできているみたいなの!あそこに倒れているのが皇女なのよ!」


慌てて叫んだアリアが指さす方向を見て、ジークは顔を顰める。


「ガキじゃねえか」

「そうなの!助けなくては!あの子の血を使うと、どんなにあの身体を削っても、イフリードも無限に復活してしまうわ!」


なるほど、とジークが頷いたところで、形を取り戻したイフリードが、ゆるりと立ち上がった。


「……この魔力…なるほど、余の首と身体を切り離してくれたのはお前か…!」


忌々しそうにイフリードがジークを睨む。対して、ジークは余裕そうな笑みを浮かべた。


「首だけでも生きられるって知ってたら全身燃やしてたんだがな。なんとも素敵な姿じゃないか、ええ?」


挑発するように言いのけたジークに、イフリードは珍しく顔に怒りをにじませた。


「愚か者め…!お前ごときに余は殺されぬ…!」

「なら、そんなに怒んなくてもいいだろ。ちなみに俺は、めちゃくちゃキレてるけど、な…!」


言いながら、ジークがイフリードに飛び掛かった。

そしてまたもや魔剣から大きな炎を出して、今度はイフリードの身体を燃やす。


「くっ…!」


ジークは再び動きを止めたイフリードの脇をすり抜け、素早く皇女の身体をつかむと、またアリアたちのところへ戻ってきた。アリアは彼から皇女の小さな体を受け取り、抱きしめる。


皇女の体はかなり冷え切っていたが、まだ息はある。アリアは少しだけ安堵して、呆然と状況を見ていたリーゼロッタに話しかけた。


「リーゼ、気休めかもしれないけれど、この子に呼び掛けてあげてくれる?」

「う、うん…!」


リーゼロッタの能力は意志を操るものなので、直接的に傷を癒したりはできない。しかし、アリアの意図を組んだ賢い彼女は、懸命に皇女に向かって「生きて」「諦めないで」と『古の魔女の声』で語りかけた。


これで少しは時間が稼げるはずだ。

アリアはジークとともにイフリードに向き直る。


イフリードは自らの剣から起こした炎で、ジークの炎を相殺していた。なるほど彼自身も優秀な魔剣の使い手であるというのは間違いではないようだ。


「一度ならず、二度までも、余をこのような炎で包むとは…決して許さぬ」


恐ろしい声でそう言ったイフリードから、アリアたちを庇うようにして、ジークは立ちふさがる。


「そりゃ、こっちのセリフだ。俺の嫁を2回も攫いやがって…今度こそぶっ潰す」


俺の嫁、という言葉に内心動揺したアリアだったが、それどころではない、と首を振ってから、思考を巡らせる。


(イフリードの心臓は一体どこにあるの…!)


そこで、アリアはふと閃いた。そうだ、自分が()()()()()のではないか!


アリアはジークに近づくと、イフリードに聞こえないように小さな声で告げる。


「ジーク、少しでいいの。…私が『古の魔女の目』を使って心臓の場所を探る間、時間を稼いで!」


無理を承知で頼むと、ジークはにやりと笑った。


「いつも言ってるだろ、あんたの望みは、俺が全部叶えてやる」


言うとすぐ、イフリードからアリアを隠すように、ジークは再び大きな炎を放った。

アリアは温かい炎に守られるようにして、意識を集中する。


(どこ…!心臓はどこなの…!?)


すると、目の端で何かが光った。そんなことは初めてだったが、慌ててそちらに目を向ける。

そこには、アリアが城から覗き見た、あのおぞましい箱があった。


皇女の血で満たされた、悪夢のような箱…そのある1カ所が、金色に光り輝いているのだ。


(まさか…、まだイフリードの本当の身体がそこにあるの…!?)


考えている暇はない。アリアは駆け出した。

すると、その動きに気づいたイフリードが舌打ちする。


「小賢しい女め…!そうはさせぬ…!」


身体を変形させ、アリアに向かって延ばされたイフリードの赤黒い手を、ジークの炎が防いだ。


「俺の目の前でリアに手を出そうとする度胸だけは認めてやるよ…!」


その目は怒りに燃えている。ジークはアリアを守るように移動すると、再び大きな炎を出した。

イフリードも応戦するように炎を出したので、部屋の温度が一気に上がり、汗がふきだした。それでもアリアはまっすぐ箱に向かって駆け出す。


そこからは、きつい血の匂いがした。一瞬ひるむが、必死で目を凝らす。

すると、赤い血の向こう、身体のようなものが横たわっているのが見えた。


アリアは懐からナイフを取り出した。ジークと出会ったあの日、彼の縄を切ったものと同じものだ。

相変わらず肌身離さずそれを持ち歩いていたアリアを横目で見て、ジークはまた、にやりと笑った。


「俺の女をナメすぎなんだよ、お前」


言いながらより大きな炎を出して、前に一歩踏み込む。

その勢いに押され、「ぐっ…」と唸りながらイフリードが後ずさった隙を、アリアは見逃さなかった。


「……もう、終わりにしましょう」


これで終わりにするのだ。

『古の魔女の力』も、戦争も、イフリードも…自分も。


アリアはナイフを振りかぶり、血だまりの中に突き立てた。

いやな感触がしたが、それでも必死で力を入れ続ける。


(私が…終わらせるの…!)


ぶすり、という鈍い音がして、ナイフが横たわる肉体の左胸に深々と突き刺さった。

その瞬間、イフリードが耳をつんざくような悲鳴を上げる。


「ぎゃあああああああああ!」


同時に、アリアの瞳が燃えるように熱くなった。

アリアがナイフで突き刺した心臓が、アリアの瞳と同じように金色の炎を上げたかと思うと、辺りがそのまばゆい光に埋め尽くされる。アリアは思わず目を瞑った。


「……リア!」


叫ぶジークの声が遠くに聞こえる中、アリアは意識を失った。



***



アリアが目を開けるとそこは、何もない真っ暗な空間だった。

壁も、地面も見当たらない。闇そのもののようなその場所で、不思議とアリアは落ち着いていた。


()()()()()、と思ったのだ。


立っているのか、浮いているのかよくわからない感覚の中で、アリアの目の前に現れた小さな光を見た。光は少しずつ大きくなり、やがて、小柄な女性程度の大きさになった。

最後に一瞬、パッと光ったかと思うと、次の瞬間、そこには一人の少女が立っていた。


真っ黒な髪と真っ黒な目をした、不思議な少女だ。

どことなく、自分に顔つきが似ているような気もするし、全然違うような気もする。


少女は何も言わずにアリアを見ていた。アリアも、何も言わずに見返した。

金の瞳と、黒の瞳が、しばらくの間、合わさっていた。


「…貴方が、『古の魔女』なの?」


問いかけたアリアに、少女は言葉を返さなかった。

代わりに少しだけ微笑んで、しゃがみ込む。

再び立ち上がった彼女の手には、真っ赤なルビーのような、こぶし大の石が握られていた。


『これは、もうもらっていくわ…私と一緒に眠るべきものだから』


鈴の音が鳴るような、不思議な声だった。アリアはなんとなく、その石こそが『古の魔女の心臓』なのだと思った。心臓は、()()()のだ。


少女は再びアリアを見つめて、言った。


『その目は…まだ使うべき時があるかもしれない…預けておくわ…(心臓)をもう返してもらうから、以前のようには使えないと思うけれど…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


そのまま、少女は踵を返し、闇の向こう側へ歩いて行ってしまった。

アリアは、何も言わずに見送った。


しばらくすると、遠くから、誰かが自分の名前を呼んでいる声が聞こえてきた。


「あ、ジークが待ってる」


ごく自然にそう思って、アリアは目を閉じた。


この力の還る場所は()()のところだけど、自分が帰る場所は、()のところだけなのだから。



***



「…リア!アリア!しっかりしろ!」


大きな声とともにがくがくと揺さぶられて、アリアはぱっちりと目を開けた。


「あら、ジーク、どうしたの?」


きょとんと首をかしげると、ジークは目を見開いて、すぐにアリアをぎゅうぎゅう抱きしめた。


「よかった…!あんたが心臓を突き刺した後、イフリードは叫びながら…燃えて消えたんだ!でもあんたまで急に倒れたから…!俺は…!」


どうやら、イフリードが消えるのと同時にアリアまで倒れたので、ずいぶんと心配をかけたようだ。

アリアは、さっき見たものが夢なのか現実なのか、よくわからないまま、口を開いた。


「大丈夫よ、ジーク。私、いつだって……絶対あなたのところに帰ってくるもの」


どこか夢見心地なアリアの言葉を受けて、ジークは目を見開いた。

そして、くしゃりと笑う。


「…うん…リア、愛してる…」


泣き出しそうな声で言いながら顔を近づけられて、アリアは目を閉じた。そっと二人の唇が重なる。

アリアはそのまま幸福感に酔いしれそうになったが……。


「きゃっ」というリーゼロッタの黄色い声が聞こえて、顔を真っ赤にすることになった。




次の6章にて、物語は一旦終わりを迎える予定です!

最後までどうぞよろしくお願いいたします。

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