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怒れる騎士(ジーク目線)

ジークが艶々とした顔で入室すると、部屋の中にいたディートリヒとジェイドは疲れた顔で彼を睨んだ。


「ジーク…お前というやつは」

「悪い、つい」


大体何が起きたのかを把握していた2人は、大遅刻の原因である男を呆れたように見る。


「…お前たちが幸せなのは喜ばしいことだが、時と場合は考えてくれ」

「…すみません」


国のトップに至極まっとうな怒られ方をして、流石のジークも頭を下げた。

すると、彼の後ろからドアをノックする音がして、「失礼します」というエリックの声も聞こえたので、思わず部屋の端に飛びのいた。


今は現役から退いているエリックだが、この非常時、信頼できる人間も少ない状況なので、あらゆる調査に駆り出されている。ディートリヒやジェイドには(不敬にも)わりと強気なジークだが、父親代わりともいえるエリックの言うことには渋々従うことが多いのも、彼が頼られる理由の一つである。


ディートリヒから許可を得て入室してきたエリックは、気まずそうなジークを見てにやりと笑った。


「ジーク、アリア様が優しいからと言って、あまり羽目を外すなよ」

「うっす…」


珍しく小さくなるジークを面白そうに見ていたディートリヒだが、ごほん、と咳ばらいをしてエリックをみた。


「何か進展があったか」


問いかけると、エリックは「はい」と手にした書類をディートリヒに差し出した。


「旧皇国の近衛騎士団長にギリムという男がいるのですが、あのクーデターの日、逃げ出したこいつの足取りがようやくわかりました」


言いながら、壁に掛けられた大陸の地図を指し示す。


「ギリムと思われる男はクーデターの後、近くの農村に身を潜めていたようです。そこの住人が、彼がこそこそと森のほうへ頻繁に向かうのを目撃しています」

「森?そこに何かあるのか?」


ディートリヒが首をかしげると、頷いたエリックは脇に抱えていたもう一つの地図を広げた。


「こちらは、皇国の書庫にあった地図です。これによると、ギリムが通っていた方角に、万が一の際に皇族が籠城するための塔があることが分かりました」

「…怪しいな…」

「はい。なので、そこに偵察を向かわせたところ、思わぬ発見が…」

「発見?何を見つけたんだ?」


問いかけるディートリヒに、エリックは重々しく口を開いた。


「…遺体です。太刀筋を中心に真っ黒に焼け焦げた…。衣類などの特徴から、おそらく、ギリムだと思われます」


その言葉に、全員が息をのむ。

燃える太刀筋を残せるのは、魔剣と炎の扱いに長けたものに限られる。…イフリードもその一人だ。


「試し切りされたってことか?」


ジークが問いかけると、エリックは頷く。


「その可能性が高い。なので、至急そこへ騎士団を派遣して…」


エリックは途中で言葉を切って廊下を見た。ばたばたとした足音と、ざわめきが聞こえてきたからだ。

すると、「失礼します!」というナニーに声が聞こえ、ジークは顔色を変えて扉を開けた。


「ナニー!どうした!お前はリアと合流するはずじゃなかったか!」


アリアとジークとともに入城していたナニーだが、城のメイドたちと仕事について相談をするべく一度側を離れ、終わり次第、再び合流することになっていた。ナニーが戻るまで、アリアにはリーゼロッタと同じ部屋で待機してもらっていたのだ。


ナニーは息を切らしながら部屋になだれ込んでくると、青ざめた顔でジークに縋りついた。


「姫様たちが…!姫様たちがいらっしゃいません!しかも少し離れたところに…あ…ああ…たくさんの死体が…!」


ジークはナニーが言い終わるのも待たず、部屋を飛び出した。



***



ジークたちがたどり着くと、そこにはおびただしい量の血が流れていた。

死体の山のなか、さっと辺りを見渡し、アリアとリーゼロッタのものがないことに内心安堵しつつ、ジークは二人がいたはずの部屋をのぞいた。


そこには人影はなく、頼りなげに明かりが揺れているだけだ。ジークは舌打ちした。


「くそっ…!」


苛立たし気に壁を殴りつけると、ふと、足元できらりと何かが光った。

素早くかがむと、それは、あの日、ジークがアリアに贈ったネックレスだった。


「……リア…!」


奪われた、そのことに気づいて、ジークの腸が煮えくり返った。

身体の底から炎のように魔力が沸き立ってくるのを感じる。

あわや爆発せん、というところで、エリックがジークの肩をたたいた。


「落ち着け、ジーク。それは、アリア様のものか?」


問われて、少しだけ冷静さを取り戻したジークは頷いた。


「ついさっきまでリアがつけていたものだ」

「なら、アリア様の魔力の痕跡が残っているはずだ。それを転移魔法が得意な奴に探らせれば、居場所がわかるかもしれない」


転移魔法は風魔法の派生形だ。同じ属性の追跡魔法も合わせて使えるものが多い。

経験から来るエリックのひらめきで、ジェイドが慌てて騎士団に伝令を走らせた。


「急げ!転移魔法を使えるものをとにかく連れてこい!」


すぐに駆け付けた騎士団所属の魔術士は、クーデターの日にジークをイフリードのところへ飛ばした男だった。彼にに、ネックレスを渡す。


「すぐに見つけろ。リアの命が懸かってる」

「は、はい…!」


ジークがアリアを溺愛していることは、騎士団では周知の事実である。

ネックレスを受け取った魔術師は緊張しながらも、しっかりと頷いた。


「大丈夫です...!しっかりと魔力の欠片が残っています!これなら追跡可能です。」


ほっとしたように呟いた彼の腕を、ジークはつかんだ。


「俺をそこに送れ」

「ええ!?」


ものすごい迫力で顔を近づけてきたジークを、ジェイドが慌てて制止する。


「おい、ジーク!」

「事態はどう考えても急を要するだろうが!俺が行く」

「転移魔法で送れるのは一人だけだ!単独行動は危険すぎる!」

「あの夜だってそうだっただろうが!」


クーデターの日のことを持ち出したジークに、ジェイドは反論する。


「あの時はすぐそばに他の騎士が控えていただろうが!イフリードの能力だってわからないのに、無謀だ!」

「そうだ!イフリードの能力が分からないからこそ、リアが危険なんだろうが!」


ジークはあの日、3年間何があったのかを語ったアリアの姿を思い浮かべた。

アリアにとってイフリードは恐怖の象徴のような男なのだ。そんな奴に()()()()()()()()()()()()()、ジークは気が気でなかった。


ジークのあまりの気迫に口を噤んだジェイドの肩をたたき、エリックがフォローに入る。


「二人とも、落ち着け。君、アリア様の魔力があるのはこのあたりで間違いないか?」


問われた魔術師はこくこくと頷く。


「そ、そうです…!方角的にはそのあたりになります」

「なら、おそらくアリア様は例の塔に連れていかれたと考えるべきだろう。…安心しろ、ここへはすでに先遣隊として、騎士数名を向かわせている。ジークが転移魔法で飛んでも、そう時間をあけずに合流することができるはずだ。もちろん、俺たちもすぐに増員の手配をして向かう」

「そ、そんな、エリックさん…!」


その提案に慌てたのはジェイドだ。


「それでもやはり、無謀すぎます!ここでジークを失ったら本当に打つ手がなくなりますよ…!」

「いや、ジークなら大丈夫だ。こいつは俺がゼロから育てた、正真正銘、最高の騎士だ。騎士は…守るべきもののためならば信じられないほど力を発揮できるものなんだ」


その時、ジークとエリックの脳裏には、同じ映像が流れていた。

王宮の端、懸命に剣を振るった日々…そばで本を読みながら心配そうな顔をする、アリア。


「…俺は、アリアのための騎士だ」


力強く言葉を発したジークを止められるものは、もういなかった。



***



いつかのように、転移魔法で切り開かれた空間に、ジークは迷うことなく飛び込んだ。

前回より距離があるからだろうか、身体にびりびりとした衝撃が走る。

しかし、そんなものは取るに足らない、とジークはそのまま闇の中へ落ちて行った。


次の瞬間、目の前に広がった光景に、ジークは目の前が真っ赤に染まったような気がした。


飛んだ先は、薄暗い部屋だった。石造りの空間の端、紅の髪をした男に顔をつかまれているのがアリアだ、と理解した瞬間、ジークは素早く飛び出した。


「――――おい変態野郎、誰の女に手ェ出してやがんだ」


腹の底から出た低い声は、我ながら恐ろしいものだな、とジークは頭の端で感じた。

そのまま、いつかのように目の前の男の首をはねる。当然、魔剣に炎をまとわせていたので、ボウッと真っ赤な炎が燃え広がった。


(今度こそ、ぶっ潰す)


ジークの銀色の瞳が、ギラリときらめいた。




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