蘇る恐怖
一部暴力的な表現があります…!度々申し訳ございません。
次にアリアが目を覚ますと、そこは知らない場所だった。
薄暗い部屋は、石造りの冷たい床と壁でできており、窓も見当たらない。まだ微妙にぼやける視界で天井を見上げると小さく円形の天窓があるのは見えた。
身じろぎすると、かちゃりという音と、手首に違和感を感じて下を向く。
すると、両手首が手錠につながれていた。その鎖は最終的には壁につながっているようだ。
そこまで確認したとき、頭に鈍い痛みが響いた。どうやら自分は殴られたようだ、と理解する。
意識を失い、ここに連れてこられたのだ。
(…リーゼ!リーゼはどこ…!?)
一緒にいたはずの親友を思い出し、ばっとあたりを見渡すと、部屋の反対側に同じように鎖につながれているリーゼロッタの姿が確認できた。意識はないようだが、胸が小さく上下しているので命に別状はないようだ。少しだけ安心しつつ、大事な人が拘束されている事実に腸が煮えくり返る。
ふと、アリアはこの部屋に見覚えがあることに気が付いた。
「ここ…皇女がいた場所だわ…!」
気を失う前、アリアが能力を使って覗き見た場所に間違いない。
再び室内を見渡すが、いまは皇女の姿はないようだ。
「一体、誰がこんなことを…」
呟いたところで、リーゼロッタがぱちりと目を開けた。
「…アリア…?」
「リーゼ、目が覚めたのね!何が起きたのか覚えている!?」
アリアが問いかけると、リーゼロッタはおびえたように顔を青ざめた。
「アリア…あの男が…イフリードがあなたを殴ったの…!私はわけがわからなくて、気づいたら口をふさがれて…!」
「やっぱり、あいつが生きていたのね…!?」
「生きて…動いてはいたわ。でも、違った…彼は、もう人間ではないわ…!」
「リーゼ、それはどういう…」
アリアの疑問は、すぐに解決することになった。
ぎいっという鈍い音が響き、ゆっくりと開いた扉の影から…それは姿を現したのだ。
その姿を、なんと表したらいいのか、アリアにはわからなかった。
イフリードの血のような髪も、瞳も、怜悧な顔も、あの頃と同じようにそこにあった。
だが、それを乗せる赤黒いものが、体だとは、到底思えない。
赤黒いそれは液体のようで…しかしその一部は手のような形をして扉を押している。
「ひっ…!」
その異様な存在を視界に入れたリーゼロッタが小さく悲鳴を上げた。アリアも、何とかこらえたが、見たこともないおぞましい姿に冷や汗が伝う。
イフリードと思われる何かの口から、あざけるような笑い声が漏れた。
「目を覚ましたか…我が同胞たちよ…」
「な、なにを…」
アリアは無意識のうちに後ずさった。冷たい壁に背中が当たり、目を見開く。リーゼロッタも同様に震えてそれを見ていた。
「この姿が恐ろしいか…心外だな…お前たちが想像しているより遥に便利なのだが…」
言いながら、イフリードの体が変化した。液体のようにうごめいていたそれらがぎゅっと固まり、途端に人間の男の身体のような形になったのだ。
「先ほどの形は、大層便利なものだ。形をいくらでも変えられるからな…どんな強固な門も壁も、わずかな隙間さえあれば入り込むことができる…それに、一部欠けても、予備があればいくらでも補充することができる…」
言いながら、抱えていた何かをどさりと床に放り投げた。それが少女の小さな体であると気が付いて、アリアは息をのんだ。床に打ち捨てられた皇女の顔は青白く、その腕には切られたような傷があり、まだ血が流れている。
「なんてことを…!自分の娘なのに…!」
少女の無事を確認しようと前のめりになったアリアをみて、イフリードは馬鹿にするように笑った。
「不思議なことを言うものだ…血がつながっていても必ずしも愛が生まれるわけではないことを、お前はよくわかっているはずだ…」
言われて、アリアは奥歯を噛み締めた。その言い様がまさしくイフリードそのものだ。どれだけ否定しても、目の前にいるのは間違いなくイフリード本人であるのだと理解する。
「どうして…生きているの…?」
きっと睨みつけると、イフリードはやれやれと芝居がかった仕草で首を振った。
「首を切られたところで余は死なぬ…余を活かすものはそんなものではないからな…しかし、断面を魔法で焼かれたのは厄介であった…そのせいで元の身体と頭をつなぎ合わせることができなかったからな…。しかし、おかげでこの便利な肉体を手に入れたとあれば、許すこともできよう」
イフリードは慈しむように自身の腕を撫でた。
「余を切ったあの男の腕前は大したものだ…剣筋もスピードも、切り口を焼き切るその徹底ぶりも…悪くない。ただ、唯一の失敗は、余を殺す手段として首を切ることを選んだことだ…。そんなことでは余を殺すことなど出来ぬ…余の首を切り落としたのは、あの男で2人目だ」
最後のほうは呟くように告げると、イフリードはアリアに近づき、目の前に膝をついた。
「以前より、よく喋る…束の間の自由を得て、ずいぶんと気持ちが大きくなったようだ。躾が必要だな」
次の瞬間、イフリードの瞳が紅く光り…アリアの目が燃えるように熱くなった。
「うああああ!!」
「アリア!!!」
心配そうに呼びかけてくるリーゼロッタの声が遠くなり、視界が徐々に切り替わる。
―――――目の前に、死体の山が広がる。グレタナ王国の騎士団の制服を着た人たちだ。きっと、この人たちはアリアとリーゼロッタの護衛をすべく、あの部屋の前についていたはずの…
アリアは唇を噛んで、滲む涙をこらえた。
強制的に輝かされた金色の瞳をイフリードに向け、強くにらみつける。
「…よくも…!」
「思い出したか?言ったはずだ…お前の力は余のものだ、と」
顔をゆがめて恐ろしい笑みを向けてくるイフリードを見ても、アリアはひるまなかった。
「もう…私は二度と、お前なんかに屈したりしないわ!」
これ以上、目の前にこの男に何一つ奪わせるつもりはない。
アリアは素早く膝を曲げると、踵を床に打ち付けた。すると、靴底からガキンと鋭利な刃が現れる。
ジークに頼んで、こっそりと作ってもらった仕込み刀つきの靴だ。本で読んだから欲しい、というと、アリアに甘い彼は苦笑しながら要求にこたえてくれた。
そのまま迷うことなく素早い動作で足を延ばし、イフリードの左胸…心臓に向かって刃を突き立てた。
咄嗟のことにイフリードも反応ができず、そのまま刃は赤黒い肉体に深く突き刺さる。
「お前の…お前が持つ『古の魔女の力』は心臓なんでしょう…!?」
アリアの推測が正しければ、どの本にも記載のなかった最後の『古の魔女の力』は、心臓のはずだ。
誰にでも当然のようにあり、命の核となる部位…そこに力が宿っていたとすれば、魔女が滅びなかった理屈も通る…はずだ。
半ば祈るように刃を突き刺したアリアは、にやりと笑ったイフリードの顔を見て、青ざめる。
彼は確かに心臓のあるはずの場所を刺されているのに、顔色一つ変えなかった。
ただ、楽しそうに笑うばかりだ。
「…やはり、お前は賢い…私の手足となるのにふさわしい人間だった…ただ…」
ずるり、とイフリードの身体が溶けた。液体のようにうごめき、アリアから離れたところで再び人間の形に戻る。
「少しばかり気が付くのが遅かったようだ…今の身体であれば、心臓は必ずしもそこになくても良い…」
「なっ…!」
イフリードは再びアリアに近づくと、その髪を引っ張り、顔を上げさせた。
「そして、お前たちに宿るその力もまた…もはや、預けておく必要もない」
言いながら、アリアの顔を赤黒く大きな手でつかむ。
その指が液体のように広がり、アリアの瞳を覆いつくした。
「いまこそ、すべての力を一つの身体に宿すときなのだ…!」
「ううっ…!」
ギリギリと顔を締め付けられ、アリアは苦悶に満ちた声を上げた。
――――怖い、痛い…助けて…!
「ジーク…!」
思わず愛しい人の名前を呟いたとき、風を切るような音が聞こえたかと思うと、ふっと拘束が緩んだ。
涙で滲んだ視界をうっすらと開くと、イフリードの首が再び飛び、真っ赤な炎が目の前に広がる。
「――――おい変態野郎、誰の女に手ェ出してやがんだ」
アリアの目の前で、銀色の髪がはらりと揺れた。いるはずのない、愛おしい声が聞こえて、アリアの表情に喚起が広がる。
「…ジーク!?」
アリアの騎士が、そこにいた。
次回、ジーク目線です!




