合わない数
アリアはその日、王宮の図書室を訪れていた。
今一度、『古の魔女の力』に関する書物を調べるためだ。
どうやって時間を作ったのかは怖くて聞けないが、当然のようにジークも同行している。
憤怒の形相で追いかけてくるジェイドを想像して、アリアはぶるりと震えた。
「ジーク…本当に大丈夫なの?騎士団のほうの仕事は?」
「大丈夫大丈夫。どうせ今は手詰まり状態だからな。リアの調査のほうがよっぽど実益があるだろ」
いけしゃあしゃあと言ってのけるので、アリアはため息をついて受け入れるしかなかった。
それに、最近はジークが忙しすぎて、あまり一緒に過ごせていない。
少しだけ、ほんのちょっとだけ、嬉しい気持ちがあるのも否定できないのだ。
アリアは浮ついた自分を戒めるべく、ごほん、と咳払いした。
「…とにかく、改めて『古の魔女の力』について調べてみます。まずは…8つに分かれた能力が、それぞれどんな力を持つのかがわかるといいんだけど…」
図書室についてすぐ、アリアは数冊の本を手に取った。以前母妃が教えてくれた本たちだ。
置いてあるソファに腰かけて本を開こうとすると、ジークがアリアの横にぴったりと引っ付いてきたので顔を顰める。
「ジーク…近くて本が読みづらいわ。少し離れて」
「いやだ」
「…もう!子供じゃないんだから!」
…などと言いつつ、やはりうれしい気持ちが少しだけあり、結局はそのまま読むことになった。
「まずは、魔女の持っていた力を表す文を読みなおすべきね。えーっと、『魔女はとても膨大な魔力を持っており、彼女の歌は人を操り、その血肉は人を癒し、ときに強くし、耳は他者の心の声を聴き分け、目はこの世の果てまで見通した。その知識は人間の数倍深く、世界の理のすべてを理解しているようであった。』…あら?魔力を1として数えても、7つしかないわ」
魔力、歌、血、肉、耳、目、知識…たしかに「8つに分かれた」と書いてあるのに、魔女の力は7種類しか記載されていないようだ。
「いち、にい、さん…おかしいわ。やっぱり7つしかない」
どう思う?とジークを見上げると、彼はなぜかにやにやしていた。
「…なによ」
「ん~~?いや、声に出して数えてるのがすっげえ可愛いなって思って…。もう一回言って?」
「真面目に考えて!」
持っていた本でぽかりと胸をたたくと、ジークはそれすらも嬉しそうに、けらけら笑った。アリアは少しだけ頬を染める。
「…やっぱりジークを連れてきたのは間違いだったわ。全然集中できない…」
「一緒にいると、俺のことばかり考えちゃうから?」
とんでもなく甘い声で問われて、アリアは今度こそ、完全に赤面した。
「こっ…こんな雰囲気になるために来たわけじゃないのよ!」
「こんなって、どんな?」
くすくす笑いながら顔を近づけてくるジークを、アリアは必死で押しとどめた。
「と、とにかく…!どんなものかはわからないけど、『古の魔女の力』には他にも種類があるということだわ。それは後々調べるとして、すでに分かっているものについても確認しましょう」
ぎゅうぎゅうと抱き着いてくるジークは、この際無視することにした。
アリアは再び思考を巡らせる。
(魔力、耳、…これは書いてあるままの理解でいい気がする。歌は、リーゼのことね。目は私…。あとは、血、肉、知識、か…)
「ジーク、私たち以外に所在のわかっている『上級妃』2人とは、話はできたの?特別な力のことはわかった?」
問いかけると、アリアの髪をいじっていたジークは「ああ」と思い出したように言った。
「まだ直接は話せてないが…少なくともそのうち1人がどんな力を持っているのかは、明らかだな」
「?…どういうこと?」
「俺も戦ったことがある」
「戦う…?どこで?」
きょとんと首を傾げたアリアに苦笑を返しながら、ジークが「戦場に決まってるだろう」と言ったので、目を見開く。
「戦場!?…『上級妃』が前線にいたということ?」
「そうだ。騎士として最前線で敵を薙ぎ払っていた。異常な身体能力だよ…この中で言うと、『肉』なんじゃねえの?」
アリアはぞっとした。脳裏に、何度も覗かされた戦場の映像が横切る。
「…あんな所に、女性が…ひとりで…」
イフリードはどこまでも『古の魔女の力』を利用し尽くすつもりだったのだ、と改めて身に染みて、アリアは指先が冷えるのを感じた。
ぎゅっと握った拳を励ますように、ジークがそっと開く。
「…大丈夫だ…。少なくとも体は無事だよ。心のほうは…わからねえけど」
アリアは目頭が熱くなった。自分やリーゼもさんざん苦しめられたけれど、その他の『上級妃』たちも、長い間過酷な環境に身を置いていたのだ。それがつらくて、悔しい。
「…私、いつか他の『上級妃』たちとも話がしたいわ…私に何ができるのか、わからないけれど…」
「ああ。俺が叶えてやるよ。必ず」
―――――ジークがいてくれてよかった、とアリアは心から思った。
イフリードの影におびえる生活は続いているといえるが、ジークがそばにいてくれるだけで、精神的な負担はかなり減った。
リーゼと寄り添うように蹲っていた日々とは全く違う。堂々と立つことができる気がする。
(私が犯してしまった罪は消えないけれど…だからこそ、出来ることを探していきたい。…ジークがいてくれるなら、できるわ)
アリアはじっとジークを見つめて、微笑む。
「私…貴方がいるから強くなれるの」
あふれる気持ちを伝えたくて首を伸ばし、彼の頬にちゅっと軽いキスを送る。ジークはぴしり、と固まった後、「ぐうっ…」というよくわからない唸り声をあげた。
アリアがきょとん、と首をかしげると、ジークは眉間に皺を寄せる。
「…リア…、あんたにはそろそろ理解してもらいたいんだが…」
「…?なあに?」
「俺が起こす行動の原因は…大体あんたにあるんだぜ」
―――――呆れたように言った後、獣のように瞳をぎらつかせたジークに、噛みつかれるようにキスをされ、アリアは目を回すことになった。
***
たっぷりと時間がたった後、図書室のソファの上で、アリアは息も絶え絶え横たわっていた。
流石にやりすぎたと思ったジークが、パタパタと薄い本で彼女に風を送っている。
「…ジーク、もう、本当に…」
「いやあ、悪い悪い。つい」
「ついじゃないわよ!もう!…このままじゃ心臓が破裂してしまう…っ」
いつかリーゼロッタにも言った言葉を吐き出して、アリアは「ん?」と動きを止める。
「…心臓?」
「どうした!?まじで心臓が痛いのか!?」
慌てだしたジークを無視するように、数秒考えこんでいたアリアは、真剣な顔をしてジークに問いかけた。
「…ジーク、心臓が止まると、人は死ぬわね?」
「…? 当然だろ?まじでどうした?」
「…心臓は、誰でも持っているはずよね?」
―――――たとえ、大きな力を持った「魔女」であったとしても。
「ジーク…これは本当に可能性に過ぎないのだけど―――――」
アリアが一つの仮説を口にしようとしたとき、図書室のドアがノックされた。
いまは他に誰もいないので、アリアは言葉を止め、「どうぞ」と返答する。
すると、いつかのようにひょっこりとジェイドが顔を出したので、目を見開く。
横のジークが「うげっ」といやそうな声を出した。
「アリア様!よかった、ここにいらしたんですね!……なんでジークまでいるのかは、後で本人にきっちり確認させていただきます!」
爽やかににっこりと笑って告げられた言葉がかえって恐ろしく、アリアは慌てて先を促した。
「ええっと…ジェイド、私に用事かしら?」
「そうなんです。いやあ…またこんなことを聞くのもどうかなあと思うんですけど」
「…またなの?なんだかすごく嫌な予感がするわ」
戸惑うアリアに、ジェイドは「ははは」と困ったような笑みを向けた。
「念のための確認なんですがね。…イフリードの子供って、本当に3人でした?」
問われたアリアは素早く思考を巡らせ…そして、再び顔を青ざめさせた。
朝上げした閑話の伏線を爆速回収!
隙を見つけてはいちゃいちゃさせております!アリアもかなりネジが飛び始めています!
よろしくお願いいたします。