上級妃の秘密
一部残酷な表現があります…が、話の核心にもなります。すみません…。
異変に気付いたのは、見回りを担当していた騎士であった。
クーデターが起きた日の後、イフリード帝の遺体は魔法で腐らないよう処理され、同盟国の安置所に保管されていた。
ジークが首をはねたので、当然のごとく、真っ二つのままである。
旧皇国派による行動を警戒し、保管場所は秘匿されていたのだが、各国の騎士が交代で見張りを務めていた。ある日、ひとりの騎士が見張りを交代するために保管場所に向かったとき、それは発覚した。
――――いるはずの見張りが、一人もいない。
慌てて扉に駆け寄ると、なぜか鍵が開いている。そして恐る恐る中をのぞくと…
――――そこにはイフリード帝の死体はなく、代わりに見張りをしていたはずの騎士たちの死体が横たわっていたのだ。
***
「…とまあ、こんな状況でね。とりあえずジェイドにお前たちを呼んでもらった、というわけ」
アリアとリーゼロッタは今、ディートリヒの私室で、王自らが語る事の顛末を聞いていた。
いつの間にかジークもやってきていて、ソファに座り俯いたアリアの傍らに立っている。
流石のディートリヒも、いつもの柔和な笑みを引っ込めて、難しい顔をしている。
「いや、なんでそこでアリアたちを呼ぶ必要があるんだよ」
ジークが不機嫌に問いかけると、ディートリヒは困ったように笑った。
「それも含めて、話し合いたくて呼んだんだ」
ディートリヒは姿勢を正すと、真剣な表情で、アリアとリーゼロッタを見つめた。
「アリア、そしてリーゼロッタ嬢…私は皇国が猛威を振るっていた時から、秘密裏に、お前たちのいた後宮について探りを入れていた」
その言葉に、アリアはピクリと肩を揺らし、リーゼロッタは困ったように微笑んだ。ディートリヒは続ける。
「その結果…君たちの言うように、後宮の妃たちには階級が与えられていて、その中でも『上級妃』という地位を与えられた姫たちは、特にイフリード帝の覚えがめでたいのだということを聞いた。そこで疑問に思ったのは、何故その姫たちが『上級妃』となったのか、だ。…選ばれた姫たちには、共通点が一つもなかった。容姿も、年齢も、もちろん出身国もてんでバラバラだ。一つだけ言えることは、イフリード帝はその姫たちを手に入れることにとてつもない労力を割いていた、ということのみ。そして彼は、集めた一部の『上級妃』たちに、『仕事』を与えていた…」
ディートリヒはそこで、気遣うように2人の姫を見た。状況が読めないジークやジェイドとは違い、2人は心得たような、諦めたような表情を浮かべている。
ディートリヒから言葉を引き継ぐように、リーゼロッタはいつかのように「言うに及びませんわ、陛下」と口を開いた。
「そこまでわかっているのであれば、もはや隠す必要はございません…元より、私もアリアも、陛下にご相談しなければならないと思っておりました」
リーゼロッタはそのまま、優雅な微笑みを浮かべ、続ける。
「私とアリアは……古き魔女の力を受け継いで生まれてきてしまったのですわ」
***
その昔、世界で唯一の魔女がいた。
彼女は生まれた時から魔女で、死ぬまで魔女で、死んでからも魔女だった。
魔女はとても膨大な魔力を持っており、彼女の歌は人を操り、その血肉は人を癒し、ときに強くし、耳は他者の心の声を聴き分け、目はこの世の果てまで見通した。その知識は人間の数倍深く、世界の理のすべてを理解しているようであった。
人々は魔女を畏怖していたが、その孤独に、彼女は耐えきることができなかった。
ある日、絶望した彼女が死を選ぶと、不思議なことに彼女の体と能力は8つに分かれて、どこかへ消えた。
世界からは確かに魔女が消滅したはずなのに、その力は常に感じることができた。
人々は、魔女が死んでからも、ずっと彼女を恐れていた。
――――魔女は、死してなお、孤独だったのだ。
突然歌うように語り始めたリーゼロッタの声を、その場にいた者は不思議と穏やかな気持ちで聞いていた。
全てを語り終えた彼女は、にこりと笑うと、そのまま説明を続ける。
「この物語は、私の亡き祖国で受け継がれてきたものですわ。そしてこの物語に登場する魔女のもつ力こそ、私とアリアが生まれながらにして有しているものなのです」
さらりと告げたリーゼロッタに、ジークが疑問の声を上げる。
「それは…俺たちが使う魔法と同じものではないのか?」
まっとうな問いかけに、リーゼロッタはこっくりと頷いた。
「一般的に、この世界でいう魔法は、あくまで『世界から発生する魔素を操る力』だとされています。土が出す魔素を操れば土魔法、火から出る魔素を操れば火魔法…というように。それに対して、私たちが持つ力は、元々体に付随している能力…才能そのもののことを言うのです。仮にこの世から魔素がすべて消えたとしても、私たちだけは、問題なく力を使うことができます。代わりに、皆さんの使う魔法のようなアレンジが効かないのも特徴ですね。与えられた特定の力しか、使うことができないのです。ご説明するには…実践が一番ですね」
リーゼロッタは立ち上がると、ジェイドに向かってにっこりとほほ笑んだ。
「ジェイドさん…だったかしら。申し訳ないんですが、『泣いて』くださる?」
「え?」
その瞬間、ジェイドの瞳からポロリと涙がこぼれた。
そのまま涙の量は増え、もはや号泣とっていっても過言ではないほどの水が、目からあふれ出す。
「ええええ!?」
動揺したジェイドが必死で目元を拭うが、涙は止まらない。しかし、リーゼロッタが再びにっこり笑って「もう『泣き止んで』くださいな」と言ったとたんに、ぴたりと涙が止まる。
「おいおい…まじかよ」
ジークが呆然とした声を上げる。ジェイドに至っては何が起きたのか全く分からず、目を白黒させている。ディートリヒだけが、冷静に話を聞いていた。
「以前、私が質問をしたとき、貴方は『私は声を持っています』と言った。その時からなんとなくわかっていたが…あなたは『魔女の声』…すなわち、『人を操る声』を持っているんだね」
ディートリヒの静かな問いかけに、リーゼロッタは頷く。
「その通りです。言葉でも歌でも、私が意図して発したものは力を持ちます。…聞いたことはありませんか?『芸術の国ユーディタの姫の歌声には、特別な力がある』と」
その噂は、確かに各国でよく聞こえてきたものであった。
ユーディタの音楽はどれも素晴らしいが、中でも姫の持つ歌声は『神からの贈り物』である、と。
「正確には、『魔女からの贈り物』であったわけですが…このように、古の魔女の力は、今を生きる人々に唐突に受け継がれるのです。血筋も年齢も性別も関係なく…。イフリード帝は、どういうわけかそのことをご存知でした。だから、特別な力を求めて、他国を侵略するようになったのではないかと考えています」
そこまで言ってから、リーゼロッタは不安げに瞳を揺らし、意を決したように言った。
「一つだけ申し上げます…私たちは、一度たりとも自ら進んでなど、イフリード帝のために、この力を使ってきたことはありません。でも……どういうわけか逆らえないのです」
「逆らえない?」
リーゼロッタの言葉に、その場にいた人々は首を傾げた。
「そうなのです。魔法契約を交わしたわけでも、何かで脅されたわけでもないのに…イフリード帝が望むと、なぜか私たちは力を使わなくてはいけなくなるのです」
「…つまり、イフリード帝は、貴方たちのもつ力をコントロールする術を持っていた、というわけか…」
ディートリヒのつぶやきに、リーゼロッタは神妙に頷いた。
「じゃあ、その『古の魔女の力』を使って、一部の『上級妃』は『仕事』をさせられていたのか。…その具体的な内容は?」
ジークが鋭い質問を投げかけると、リーゼロッタは俯いた。
「私は…主に、戦場に向かう兵士たちへ言葉をかけていました。内容は…『死ぬまで戦え』『痛みを忘れろ』『全員殺すまで戻るな』…などです」
可憐な姫から出たとは思えない言葉の数々に、一同は息をのんだ。
「なんてことだ…だから皇国側の兵士たちは、あんなに…」
悲惨な戦場のことを思い出したのか、ジェイドが青ざめた。リーゼロッタが苦し気に息を詰める。
「私…私、言いたくなんてなかったわ。私のせいで死ぬまで戦いをやめられなくなるなんて…!そんなの、そんなの絶対嫌だったのに…!でも、あの方は、それを…!」
震え出したリーゼロッタを、アリアはぎゅっと抱きしめた。
それを見て、はっと気づいたように、ジークがアリアを見つめる。
「……じゃあ、アリアも、持っているのか?『古の魔女の力』を…」
問われたアリアは、一度静かに目を閉じた。
そして、ゆっくりと開かれたその瞳は…
―――――黄金の炎をまとっていた。
メラメラと炎を放つ瞳に、アリアはそっと触れる。
そして、ジークをまっすぐ見つめて、口を開いた。
「私は…私が持っているのは『魔女の目』。この瞳は私が見たいと思うものを、何でも見せてくれるの。どれだけ離れていても…。だから私は…」
そして一度、ぎゅっと己の拳を握る。
怒りや絶望や憎しみ…そして罪悪感。あらゆる感情が渦巻いて、声が震える。
「私は…この目を使って戦場を見て…戦の指示を出していました。私が……戦争を率いていたの」
アリアは、再び目を閉じた。
怖くて怖くて、ジークの顔を見ることができなくて……黄金の炎の消えた瞳から、涙がポロリとこぼれた。
次回は、イフリード帝の元で過ごしたアリアのことを書きます。
暗い展開ですが…この話はハッピーエンド確約です!!!!!