後宮の姫
「アリア~~~~~おっはよ~~~~~!!」
豪華絢爛なイルヴィア皇国の皇宮、そのもっとも奥深いところにあるのが後宮である。夜にこそ輝く女の園であるが、普通であれば静まり返るはずの日中、ある一室に、その声はよく響いた。
アリアは寝不足でぼうっとする頭を無理やり起こして、声の主を不機嫌な顔を隠しもせずに睨む。
「......リーゼっ!朝から大きな声を出さないでっていつも言ってるでしょう!......うう~~~~~頭がガンガンするぅ~~~~~」
怒られた少女、リーゼことリーゼロッタはテヘッと笑った。彼女は軽やかな金髪の巻き毛が美しい、はつらつとした笑顔の少女である。
「ごめ~~~~~ん、でも、これくらいしないとアリアは起きてくれないじゃない!」
「当たり前でしょ、そもそもわたしはさっき寝たばかりなのよ!」
「わかってるけど~~~~~」
リーゼロッタは眉尻を下げると、目を潤ませてアリアを見つめた。
「......心配だったんだもん」
しょんぼりと肩を落とすリーゼロッタを見て、アリアはため息をついた。結局のところ自分はこの子に甘いので、どうしても厳しくしきることができない。
しかも、「心配」される理由にも心当たりがありすぎるので、眠気など些細なことなような気がしてくる。
「大丈夫、今回も【つつがなく】終えたわ。」
苦笑を浮かべながら返すと、リーゼロッタは安心半分、悲しみ半分といった複雑な表情をした。器用な顔面だな、と内心感心しつつ、アリアは続ける。
「陛下の希望通りにできたと思う。だからこうしてここにいられるのよ」
言いながら、腕を上にあげて伸びをする。
話を聞きながらリーゼロッタが窓のカーテンを開けてくれたので、差し込む朝日に目を細めた。
ーーーーアリアもリーゼロッタも、この後宮の姫、すなわちイルヴィア皇国の第17代皇帝イフリードの数多いる「側妃」の一員である。もっとも、望んでなった立場ではないが。
イルヴィア皇国は、大陸でもっとも大きな国である。卓越した武力によって、周辺国を次々と属国にしてきた歴史を持つ。
特に現皇帝イフリードの代になってからは、他国への侵略が頻繁に発生していた。
しかも、残虐無慈悲なかの皇帝は、侵略し、敗戦した国に対して、従属の証として必ずその国の姫を人質に差し出させたのだ。
そのせいで、いまや後宮は大小様々な国の姫がひしめき合っている大所帯と化していて、ここへきて3年になるアリアにもその全容は把握しきれていない。
妃たちは、そのあまりの数の多さから、皇帝に与えられた「位」によって、それぞれ異なる管理されていた。
アリアとリーゼロッタは、なかでも皇帝の覚えがめでたい存在として、「上級妃」という位を与えられた特別な妃である。
しかしそれは、必ずしも皇帝の寵愛を意味するものではない。あくまで皇帝の「お眼鏡に叶う存在」ということである。
妃はその「価値」ごとに与えられる役割が異なる。
愛人としての役割を持つ者もいれば、知識を認められて、相談役のような仕事を与えられる者もいる。
アリアもある「才能」を見込まれて上級妃になった。それは自身の目的を達成するためにも必要な地位でもあった。