出戻る姫②
またどこで切ったらいいかわからなくて長くなりました…
その後、馬車は休まずに走り続け、混乱していたアリアも、いつの間にか気絶するように眠ってしまった。
馬車が目的地について、ジークに声をかけられるまで、アリアもリーゼロッタも起きることはなかった。
リーゼロッタに関してはかなりしっかり睡眠を確保したことになるので、馬車からおりたとき心なしかツヤツヤしており、少しだけムカついてしまったアリアである。
馬車を降りればそこは、やはりグレタナ王国の王宮だった。
「ほ、本当に戻ってきてしまったわ......」
「わ~~アリア、大きいお城だねぇ~~!こんな石?でできたお城見たことない!」
呆然とするアリアを他所に、リーゼロッタがのんきな声を上げた。
彼女が言うとおり、グレタナ王国の城には特殊な建材が多く使用されている。特に城壁に使用されているレンガは防御のための様々な魔法でコーティングされているので、各レンガに込められた魔法の特性によって色が異なる。そのため、城壁が他国では見ないほどカラフルなのだ。これもグレタナ王国自慢の技術のひとつである。
「はーい、姫さんたち、こちらにお願いしまーす」
気の抜けた声を上げたジークが、誘導員よろしく魔剣を振ったので、アリアは慌てた。
「ちょっ...ジーク!貴重な魔剣を変な使い方しないで!......というか、どこにいくの...?」
あまりのことに全く気が向いていなかったが、この城はアリアにとって、もはや敵地と同然である。
そもそも、自分は兄である国王に追い出されるかたちで嫁いだ身だ。ジークのせいで油断していたが、このまま入城すればそれこそ命の危機なのではないか...、と冷や汗をかいた。
百面相を始めたアリアを見て苦笑しながら、ジークは門番に城の扉を開けさせる。
「まぁ、大体何を考えてるかわかるけどよ、そんなに心配するような事態にはならないと思うぜ」
「ど、どういうこと...?」
「その辺りも含めて、俺より説明がうまいやつにまとめて聞いてくれ」
その説明がうまいやつが誰なのかを聞いてるのよ!と内心憤ったアリアだったが、ジークがスタスタと歩き始めてしまったので、慌てて後に続いた。リーゼロッタも物珍しさにキョロキョロしつつ、それに倣う。
入城してすぐ、アリアは違和感を持った。
後半の数年は、自室のある区画以外はほとんど足を踏み入れていなかったが、それでもわかるくらいに、全体の印象が変化している。
(前は、もっと陰鬱で退廃的な雰囲気があったけれど...今は全然違うわ。爽やかな風が抜ける、心地よい空間......)
王宮全体の印象から、脳裏にある人物の顔が思い浮かんで、アリアは動揺した。
一度は気のせいだろうと自身の勘を否定したのだが、奥へ進めば進むほどそのイメージが強くなってきたため、いざ、「王」の待つ広間の前の扉には、アリアの緊張は多少ほぐれていた。
彼女の想像が正しければ、確かにジークの言うとおり、「心配するような事態」にはならないだろうとなんとなく感じたのだ。アリアの勘はよく当たる。
そして、ジークが勢いよく開いた扉の先、王座に座る男の姿を見たときも、静かに状況を受け入れた。
ーーーー王座にいたのは、デロイではなかった。
金髪の長く、柔らかな髪の毛を後ろでくくり、柔和に笑う碧眼の男。いかにも王族然として佇むその姿の美しさに、アリアの後ろにいたリーゼロッタが「うひゃあ...」と小さく呟いた。
アリアは思いの外落ち着いている自分に驚きつつ、小さく呟いた。
「......ディートリヒ兄様......」
久々の妹との再会に、グレタナ王国新国王ディートリヒは笑みを深めた。
***
ディートリヒ・フォン・グレタナは、アリアの父でもある前々国王の第一子としてこの世に生を受けたが、「王子」ではなかった。
なぜなら、幼い時分に、自身の病弱を理由に王位継承権を放棄したからである。
彼の母は第一王妃であったが、侯爵家の出で、あまり身分が高くはなかった。しかしその美しさから国王に見初められ、輿入れした。(アリアの父はこのパターンが本当に多い)
対して、国王の第二子デロイの母は第二子王妃ではあったものの、他国の王族だった。政略のためにはるばる嫁いできた姫である。そのため、王宮内での影響力がとにかく高く、元々の気質ゆえに、権力にも固執していた。
ディートリヒは、自身が王位に就こうとすれば、必ず敵対しなければならない第二王妃を恐れた。母妃を含め、王になることに拘りを持ってはいなかったため、自身の命を優先し、7歳のときに王位継承権を放棄し、王子の身分を返上した。
以降は母方の侯爵位を継ぐと宣言し、自ら王宮の隅に隠れたのである。
そうして、第一王子という地位はデロイが継ぐことになったのだ。
そのため、アリアから見ればディートリヒが長兄、デロイが次兄となる。
アリアは、この長兄と、実はかなり親交が深かった。
ディートリヒは病弱だと公言していたが、それはあくまで第二王妃一派の目をそらすための嘘であったので、王宮にいるときは自室で比較的のんびりと過ごしていた。
一方アリアは、デロイから目の敵にされていたので、王宮内で心落ち着ける場所を探してさ迷い歩いていた。
最終的に読みかけの本を体にくくりつけ、木の上に避難するという豪快な策を思い付いたアリアが選んだ大木が、ディートリヒの自室の目の前にある木だったのである。
病弱で床に伏せているはずなのに、のんきに体操をしていた長兄と、豪快にもドレスで木に昇り、満足気に本を開く末妹は目があった瞬間、お互いに「似た者同士」であることを感じ取ったのだった。
運命的?な出会いを果たした2人は、それから多くの時間を共に過ごした。アリアは人目を忍んでディートリヒの部屋に通い、読書に勤しむ毎日を楽しんだ。
ディートリもまた、好奇心旺盛で可愛らしい妹を見て癒されていた。
「ディートリヒ兄様は、王様にはなりたくないの?」
ある時、持ち前の探求心から直球に尋ねた妹に、兄は首をすくめながら答えた。
「特に思わないな。王様って要するに手段だろ?そのために命を散らすより、リスクが少なくて確実な手段を取りたいと思う。母上の侯爵家は格はそれほどだが、商才があるんだ。国をよくしたいと思ったときに、より直接的に国民に影響を与えられるのは商人だと思うんだよ」
言葉のとおり、ディートリヒは市井の暮らしにも詳しかった。侯爵家にいく際にはついでに国民の暮らしの視察をしたり、侯爵家所有の商会にも出入りしていたからだ。
後々、アリアが隠し通路を見つけた際には、彼から様々なアドバイスをもらうこととなる。
(あの頃は、王位になんて、本当に全く興味無さそうだったのに...)
笑みを深めるディートリヒを見つめながら、アリアは目を見開いた。
2人が最後に会ったのは、各地で戦争が広まる前のことだ。そのころからデロイ王の監視が厳しくなり、アリアもなかなか自室を抜け出せなかったから。
「ディ、ディートリヒ兄様、なぜあなたが王座に…」
思わず出た言葉を広い、ディートリヒは首を傾げた。
「あれ、ジークから何も聞いていないのか?」
「全く!何も!聞いていません!」
勢いよく答えたアリアに慄きながら、ディートリヒはじろりとジークを睨んだ。
睨まれた当人はのんきに素振りをしていたが、さすがに情勢が悪いと思ったのか姿勢を正した。
「複雑だから、俺なんかより陛下のほうが説明がうまくできると思ったんですよ」
「要するに、全部私に丸投げ、ということだな…」
困ったように笑ったディートリヒは、再びアリアに向き合うと、ゆっくりと口を開いた。
「そうだな、では私から説明しよう。これまで一体どのように月日が流れ、今、何が起きているのかを…」
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