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ねえ、BSSごっこしよ?

作者: 井村吉定

「ケイくん、暇」


 だからどうしたと僕は言いたい。


 人の部屋に上がりこんで、漫画を読んでいたと思ったらいきなりこれだ。


「そう言われても……。漫画読むの飽きたなら家に帰りなよ」

「やだ」


 また始まった。彼女――矢野藍(やのあい)の我が儘が。


「折角ケイくんの部屋に来たんだよ。何か面白いことしないともったいないじゃん」

「いや、もったいないも何も毎日僕の部屋に来てるでしょ?」


 藍はベッドでうつ伏せになり、足をパタパタとさせている。


 スカートの中のものが、見えたり見えなかったりしているが、僕はそんなことでいちいち顔を赤らめたりしない。


 もう彼女の下着なんて見慣れてしまっているのだ。見慣れている――故に藍は僕の恋人なのかと言えばそうじゃない。


 藍は僕――猪股慶二(いのまたけいじ)の幼馴染だ。


 出会った時のことなんて覚えていない。それくらい僕と藍の付き合いは長い。気付いたら、いつの間にか僕と藍は友達になっていた。


 いつ二人は知り合ったの? なんて聞かれようものなら多分僕は「生まれた時からだよ」と答えるだろう。


 それほど藍は僕にとって身近な存在。藍も僕のことを同じように感じている。


 僕たちは思春期に突入した十代後半の高校生。幼馴染という関係性であっても、若い男女が部屋で二人きりなんて状況であれば、互いに異性として認識しそうなものだ。


 けれど、僕は藍のことをそんな目では見れない。兄妹や親戚みたいなものだと言えばいいのか、藍に対してそう言った感情を抱くことができなかった。


「暇! ひまひまひまひまひま! スマホいじってないで私にかまってよ、ケイくん」


 だからなのかもしれない。僕のパーソナルスペースに侵入したにも関わらず、藍が厚かましいのは。


 いつも藍がベッドを占領し、部屋の主の僕は床に座ることになる。


 それだけじゃない、勝手に藍は僕の部屋の物を漁る。さっきみたいに僕の漫画も読んだりすれば、僕のゲームを知らないところで進めていたりする。


「ねえ、BSSごっこしよ?」


 そしてそれらに飽きると、唐突に意味不明な遊びを僕に提案してくるのだ。


「BSSって何?」

「僕が先に好きだったのにだよ。略してBSS」


 僕の疑問に得意気な顔で答える幼馴染。いや、訳が分からないんだけど……。


「具体的に何するのさ? 全くイメージできないよ」

「んーとね、まず私に彼氏ができます」

「は?」

「そしてケイくんは私のことが好きなんだけど、勇気が出なくて告白しなかったことを後悔します。そういうシチュエーションを二人で演じるの」


 えーと、つまり――。


「おままごとみたいな感じ?」

「そういうこと」


 普通にやりたくない。好きでもない藍にフラれたみたいな感じだし、僕が損するだけだ。


「嫌だよ。なんでそんなことしなくちゃいけないのさ?」

「いいの? やってくれないんだったら、私はずっとケイくんの部屋にいるよ?」


 幼馴染の脅し、僕に拒否権はないに等しい。


 過去に、外が暗くなったから藍に帰宅を促したことがあった。


 しかしその時の彼女は「満足してない」と言って、頑なに帰ろうとしなかった。


 それから藍は電話で「ケイくんの家に泊まる」と親に伝え、僕の部屋に居座り続けた。


 本来、男の部屋に泊まるなんて親から反対されるだろう。


 されど、僕が藍の幼馴染ということだけあって、藍の両親からあっさり外泊の許可が下りてしまったのだ。


 流石に女の子と同じ部屋に寝るのは無理があったので、その日の僕はリビングで寝ることになってしまった。 


 つまり、その気になれば藍は僕の部屋に本当にずっと居続けられる。


「あーもう! 分かったよ。やればいいんでしょ」


 仕方ない、付き合ってやるとしよう。




 ★★★★★




「ケイくん、その、私……C組の影川(かげかわ)くんと付き合うことになったの……」


 報告の内容とは裏腹に、幼馴染の声のトーンは低かった。藍は伏し目がちで、僕の目を真っ直ぐ見ようとはしない。


「おめ……でとう」


 喜ばしいことであるはずなのに、僕は心の底から祝福することができなかった。


 小さい頃から想っていた女の子――いつも傍にいた幼馴染が遠くへ行ってしまう。


「だから、ケイくんの部屋に来るのも今日でおしまい」

「そっか……」


 昨日までの、藍と僕は友達以上で恋人未満とあやふやな関係。けれど、そんなものはこうしてあっさり終わりを迎えてしまう。


 彼女の傍にいたければ、幼馴染という関係からの脱却が必要だったのだ。


 でも、もう遅い。僕は自分の気持ちを言葉にしなかった。行動にして表さなかった。


「あのね、ケイくん。実は……私ケイくんのことが好きだったの。ごめん、困るよね? こんなこと言われても」

「え?」


 僕は……馬鹿だ。


 何も怖がることなどなかった。僕は関係が壊れるのを恐れ、離れていく幼馴染のその手を掴もうとはしなかった。


「影川くんから告白された時、本当は断ろうと思ったの。でもね、ケイくんと私、いつまでもどっちつかずの関係じゃいられないよね? だからはっきりさせるために、私は影川くんと付き合うことにしたの」


 もう元の関係には戻れない。


 どうせ壊れてしまうのなら、幼馴染より一歩踏み込んだ関係を築いておけば良かった。


 結果、藍を影川くんに取られ――いや、渡してしまったのだから。


「ケイくん、バイバイ」


 僕の方が先に好きだったのに……。




 ………………。


 何だよこれ!!

 ああ……モヤモヤする!

 僕が本当に藍のことが好きみたいじゃないか!


 件の影川くんはBSSごっこの幼馴染の彼氏という設定として申し分ない人物だ。


 彼は学校でも有名なイケメン。今時スマホがあるにも関わらず、ラブレターが彼の靴箱にどっさり入っているのを僕は見たことがある。


「あー面白かった」


 僕は全然面白くなかった。


 不完全燃焼と言うべきか、何だか心が晴れない。本当に藍が取られたような気分だ。


 いや、取られたと言うには語弊がある。僕は藍の彼氏でも何でもないのだから。


 ごっこ遊びの設定と言っても、事実も含まれる。影川くんが藍に告白したという点だ。


 実際の藍は断ったらしい。本人からそう聞いた。


「満足したし、私帰るね」


 しかし、何故だろう。


 このまま幼馴染を家に帰してしまっては、本当にそうなりそうな気がする……。


「ちょっと待ってよ。今度は僕が物足りない」


 ドアに手をかけようとしていた藍のその手を掴む。


「どうしたの? ケイくんは帰ってほしいんじゃないの?」


 幼馴染は悪い顔をしている。


 僕が変に焦ることは、BSSごっこをやろうと言い出し始めた時から、織り込み済みだったようだ。


「まだ外も暗くなってないし、他の遊びもしようよ」


 まんまとしてやられた感が否めないけれど、今の僕は藍にいなくなってほしくない。


「うーんと、それじゃあ……今度は寝取られごっこしよ?」

「寝取られごっこ?」

「さっきのBSSごっこの続きで、影川くんの彼女の私がケイくんに寝取られるの」

「そういうシチュエーションをまた演じるんだね?」

「うん」


 寝取られ――なんだろうか。僕からしたら寝取りな気がするけど……。


 この際なんでもいい。悶々としたこの感情をなんとかできれば。


「ちょっ! 何してるの!」


 僕が手を離した途端、藍は制服を脱ぎ始めた。


「何って……ケイくんとセックスしなきゃ、寝取られごっこにならないでしょ?」


 !!!!!!


「ごっこ遊びでしょ!? 実際にそんなことしたらまずいよ!」

「ごっこだよ。だって私、影川くんと付き合ってないし、本当の意味で寝取られる訳じゃないじゃん?」


 幼馴染の裸体が晒される。


 まだ幼稚園児の頃、藍と一緒にお風呂に入ったことがあった。僕はその時以来、幼馴染の生まれたままの姿を見たことがない。


 年を重ねたこともあり、彼女の身体は成長していて出るとこが出ていた。


 年頃の女性の裸が目の前にある。強烈な誘惑をしてくるそれに、僕は――




 ★★★★★




「藍はよかったの? その……初めてが僕で」


 勢いというものは恐ろしい。まさかこんな形で童貞を卒業するなんて。


 ベッドには、幼馴染の純潔を奪った印である赤い染みがしっかりと残されていた。


「いいよ。子どもができたら今度は夫婦ごっこしよ?」


 僕はある意味マナーとも言える避妊をしなかった。


 単純にゴムを持っていないのもあったけど、欲望に身体を支配されてしまったのだ。


「フフフ、女の子だといいね。ケイくん」


 満面の笑みを浮かべる幼馴染を見て、僕は藍を()()()のではなく()()()()()のを理解したのだった。


最後まで読んで頂きありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 強かと言えば良いのか…主人公は幼馴染みから見て、自分のことを好きだと言うのが分かっていたんだろうか。さもないと、この策は成り立たなかったろうし…それとも、主人公がこういうなりきりプレイでそう…
[良い点] これはいい既成事実ごっこですねw [気になる点] あんたら・・・・・一体今幾つなんだよ(滝汗;;) [一言] とりあえず、主人公がちゃんとしたとこに就職出来る事を切に願う次第ですw
[一言] 女の子が生まれたら次は近親相姦ごっこだな
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