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完璧女は仕事もできます

新連載はじめます。読んでくださると嬉しいです。宜しくお願い致します。ありがとうございます。宜しかったらhttps://ncode.syosetu.com/n3304gt/「闇夜に光る赤ふたつ」もお願い致します。完結しています。https://ncode.syosetu.com/n0002gy/「パン屋の娘、ある日突然救国の女神と呼ばれ、冷徹王子に溺愛される」も宜しくお願い致します。

「こんな杜撰な企画書を提出できる胆力に、今後が期待できるわね」


穏やかに微笑んだ女の顔を睨み付けながら、相沢嵩(あいざわたかし)は唇を噛んだ。

百貨店の来春開催のイベント企画発表の場。円卓を囲んでいる企画部部長をはじめとするお偉方に、彼の同僚や後輩たちの前で、真っ白な壁面に映し出された企画案に照らされた彼の背中が微かに震える。


春だからこその花見を想定して、全国各地の弁当に菓子類、そして世界的な酒類を一同に会した物産展を企画案として提出したのだが、あっさりと冒頭の台詞を柔らかな声音で言われ、プレゼン途中で却下されたのだ。


「お言葉ですが…」


意を決して嵩が口を開いたが、それを遮るように女は立ち上がるとテーブルに企画書を叩き付けた。


「こんな盗作染みた使い古しの企画を45周年イベントにして、台無しにするほど余裕のある状態じゃないのは、みなさん、ご存じでしょ?」


にこやかな笑顔を絶やさず、その場の全員に視線を送っているのは百貨店企画部の部長補佐、花巻馨(はなまきかおる)38歳。

常に感情的にならず、聖母のような柔らかな微笑みを貼り付けた彼女は若くして要職に就くだけの実力も兼ね備え、小柄ながらバランスのとれた肢体に、吸い込まれてしまいそうな瞳を持つ、魅力的な女だ。

はっきりとした二重に、ボリュームこそ普通だが長く美しい睫に縁取られた眼。丸い小鼻が妙に愛嬌があり、その下にはぷっくりと肉感的な唇。

肩までの長さの髪は艶々とした黒髪で、会議室の乏しい灯りの中でさえ、天使の輪を作っていた。


彼女は企画部が誇る、仕事よし、容姿よし、スタイルよし、の完璧女(パーフェクトレディ)の異名をとる人だった。


嵩が言葉を失っていることに眼を細めた彼女は静かに椅子に座ると、投げ出した企画書を指でトントンと弾いた。


「相沢さんの挙げた店はどれも珍しいものではないでしょ。いまここで、スマホ一台あれば明日には手に入るものばかり」


馨の台詞に、ことなかれ主義のイエスマンである部長は困ったように視線を這わせた。社内の荒波をのらりくらりと乗り越えてきた部長は、出す企画全てがヒットしてきた彼女に頭が上がらない。自分が部長職にあるのもひとえに素晴らしい補佐があるからこそだと知っている彼は喜んで彼女の傀儡に成り下がっているのだ。ここで嵩を庇うような口を利けるわけもない。


しかも昨今、インターネット通販などで家にいながらにして全国各地のものが手に入る世の中である。

にも関わらず、客に百貨店まで足を運んで貰うための45周年イベント企画としては、確かに馨の発言に異を唱えるのはなかなかに難しかった。


会議室の室温が零下に下がったかと、その場にあるものたちが俯いたとき、小さなため息が馨の唇から艶かしく漏れた。


「企画そのものは使えます。ありきたりだけど、集客は望めるものだと思うから。だからね、インターネットで手に入らない商品、店をターゲットにしてはどうかしら?」


その言葉に反応したのは若い世代の社員だった。晴れやかな表情を浮かべて、すぐに手元のタブレットで情報収集を始める。それを満足げに見遣ってから、馨は部長に頷いてみせて、会議の終了を口にした。

嵩は続々と会議室から出ていくお偉方に頭を下げたまま、その場に残って商品を探す同僚や後輩たちの興奮した声を聞いていた。


悔しさに握り締めた拳が震えるが、顔を上げることすらできなかった。


いつもこうだ。


嵩は思って、顔を歪める。

詰めが甘い、と言外に馨から伝えられる。いつだって、自分の企画がすんなり全て通ることがない。ダメ出しを食らい、手直しをされ、さらに腹立たしいことに…


「今回の企画も骨子は相沢さんのだから、あなたの名前で再提出しておいてくださいね」


にっこりと微笑んで、馨は通りすぎ様に嵩の肩に手を置いて言った。


ほら、これだ。


うんざりしながらも、嵩は礼を口にする。

どこにも馨の名前は出ない。

企画書には相沢嵩の名前だけ。


けれどそれは花巻馨の企画なのだ。

細部に至って手直しが入れば、それはもう、嵩のものではなくなるのだから。


企画部主任に29歳の若さで着任できたのも、結局は部長補佐からのおこぼれなのだ、と嵩はどうしても考えてしまって自己嫌悪する。


そんなことはない、と呑みに行けば同僚が慰めてはくれるが、彼はそうは思えなかった。

常に馨に対する劣等感があった。


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