THREE of COINS 三人、学校に行く
登場人物
ランカム→神威
アリエル→愛理
ヒジリ→聖
高倉亜美
「こんにちは~、神威さん、聖さん!愛理さんいますか?」
ランカム教の喫茶店に、昨日とはうってかわって明るくはつらつとした少女がやってきた。頬が紅潮し、瞳に力がこもっている表情を見ると、彼女にとても嬉しいことがあったことがうかがえる。
「あぁ、アリエ……愛理は上の階でお悩み相談受けてるよ」
「ありがとうございます、神威さん……はぁ……それにしても喫茶店の中は大盛況ですね」
「半数は喫茶店、もう半数は愛理目当てのお悩み相談客だからな」
アリエルの占いが十中八九当たるという口コミが炸裂し、近所のおばさんからサラリーマン、果ては寺の坊主までがお悩み相談にやってきた。アリエルの麗しき様相に加え、魅惑的な肢体、蠱惑的なトークから親身になって悩みを聞いてもらえると、知人から知人へと噂がどっと広まったらしい。
亜美はうかうかしてられないと自身も予約手帳に記入しようとテーブルに近づき、ペンで名前を記入する。ほっとひと息吐くと、店内をぐるりと見まわした。どこも席は一杯で、亜美の座れそうなところが無い。悩んでいると、後ろから明るい声で話しかけられた。
「こんにちは亜美ちゃん!今日も愛理にお悩み相談? わたしとも喋ろうよ~」
ミックスジュースとパンケーキ片手に颯爽とあらわれたヒジリに、亜美は軽く笑みをこぼした。自分と幾分と歳の変わらなさそうなこの少女に親近感がとても湧く。
「あっ…はい……あの、聖さん……あの、なんかすごく可愛いですね」
ヒジリのギンガムチェック柄のエプロンには可愛い犬のアップリケが貼られていた。胸元にドーンと貼られてるのはランカムとのお揃いで、この二人ってぜったい付き合ってるよなと誰しもが思うだろう。
「聖さんだなんて遠慮しないでよ、わたしのことヒジりんで良いよ。敬語もなくて良いからね! これね、ランカ……神威にやってもらったんだ」
モデルよりも整った容姿の神威だが胸元のアップリケが彼を可愛らしく見せているせいで、ヒジリ同様、これまた妙な親近感が湧いてしまった。
「……ヒジリで良いかな」
「ぷくく、そんなに照れなくても……あ、いまやっと午前予約のお客さんが帰ったみたい! 愛理は休憩するから会えるんじゃないかなぁ。あ、こっちこっち!」
店内はすでに満員御礼なので、ヒジリは自分たちの部屋がある二階に亜美を呼び寄せた。神殿だった部屋を改装したからかとてつもなく広い。ヒジリに教えてもらえないと愛理の部屋が分からないとも思ってしまう。
愛理の隣の部屋だというヒジリの部屋に案内されて、ソファに座っているように無理やり肩を押さえられると、数分してから目当ての人がやってきた。
お姉さんちっくなロングのスカートをはいて、ナチュラルメイクの美人な愛理にしばし呆然となる。昨日悩みを打ち明けたときはそんなに相手を見なかったためか、愛理の神々しい美しさにドキドキした。
「聞いてください愛理さん!凄いことが起こったんです!今日、学校行ったらみんなが謝ってくれたんです」
「それは良かったわ♪」
この人に相談して本当に良かったと心の底から感謝すると、入り口の扉から足音がした。
「コンコンコン!アリエ…愛理~、亜美~、わたしとランカ……えっと、神威も話に混ざらせてよぅ」
「良いわよ……って、亜美ちゃんは、ヒジリとランカ……神威に話を聞かれても良い?」
「もちろん構いません」
「良かったらこの場で昼食にしよう。喫茶店は信者に任せてきたし、ここからは休憩だな。まかないは何が良い?」
ランカム特製のオムレツとハンバーグ、サンドウィッチとカレーライスがドン!とテーブルに置かれると、ヒジリが一番にカレーライスに飛びついた。ランカムがオムレツ、亜美がハンバーグセット、サンドウィッチはアリエルに行き渡る。いただきますの合図でそれぞれが口に頬張ると、亜美は目を瞬かせた。とてつもなく美味しい。
亜美が一心不乱にモグモグ口を動かすと、神威が照れたような表情を見せた。それを茶化すヒジリの口元にペーパーフキンを当てて、カレーのついた汚れを甲斐甲斐しく拭っている。神威らの微笑ましい一面を見て、喫茶店のファンになろうと思い至った。
***
ヒジリの部屋では各々の料理の匂いが充満していた。それが少し気になったのか、絨毯の上に寝そべっていた獣神クランは鼻を何度も擦っている。それに苦笑いしたランカムが窓をほんの少し開け放った。
「食べながら話そう。で、高倉亜美、君の悩みは解決されたのか?」
「わたしもそれ気になってたよ。大丈夫だった?」
コップに入った水を一口飲むと、亜美は目をキラキラさせて話し出した。
「解決どころか、前より良くなりました。ケンカしてた友達が謝ってくれたんです……もう、仲直りできなかったらどうしようかと思ってたのに……」
「う~、友情っていいね!良いなぁ、青春って感じ――う!――」
ヒジリがむせた。
「……はぁ……神よ」
その背を神威が優しく擦っている。
「……言いたいことは分かるわ、神威……神はいつでも唐突よね」
遠い目をしたアリエルは、ため息しながら目配せした。
三人でゴニョゴニョ話し出すと、言い出しにくそうだが、神威が神妙な顔で発案してきた。
「メンタルケアも私達の仕事だ……高倉亜美、君の学校に私達も編入することになった」
「ほ、本当ですか!」
亜美は仰天した。
こんな麗しい方々と学び舎を共にできるなんて、どれだけ自分は贅沢なのか。
「でも喫茶店はどうするのですか?」
「ランカム教の信者に任せるしかない……愛理は占い師兼用で。しかし居酒屋は無理だな。未成年だし――」
「あらぁ……私は未成年では「そー、そー、愛理もわたしも、神威だって未成年だもんね!てゆーか、わたし達って大人っぽくない?中学生に見えるかな?」」
ペタペタ胸を触ってこちら側を見るヒジリに、亜美はもしかしてとおそるおそる言い出した。
「ヒジリ、私は高校生だよ」
「「「え?そーなの(か)?」」」
落ち込んだ様子の亜美を三人が必死に宥めた。
――後日、ランカム教の信者によって転入手続きを済ませた三人との学校生活という名のミッションが始まる。
「はじめまして、天地聖です。ヒジリって呼んでね」
「はじめまして。天翔神威です。俺はヒジリの将来の夫です。ヒジリに言い寄る男は滅する予定なので気を付けるように」
「はじめまして。天陽愛理です。私はヒジリの姉であり友人ポジションでもあるので、よろしくお願いしますね」
後光が差すかのような三人の登場に、亜美のクラスメイト達は一瞬目が眩んだ。どの三人も顔がハッキリ見えなくて、何がなんだか分からないようだ。ヒジリが後光を抑えるように二人に言うと、神威も愛理も光を抑えてくれた。
逆光だったため担任の先生には不思議がられ、この三人とも仲良くするようにと厳重な注意をしていたが、亜美はもうドキドキハラハラだった。
「ねー、亜美。あの三人と知り合いなんだよね? すっごい独特っつーか、なんつーか」
レイカが顔を引き攣らせながら、隣の席の亜美に小声で話しかけてきた。
「とても親身にしていただいたの。レイカもきっと仲良くなれるよ」
「だといーけどさ。ルミとナナ見なよ。むちゃガン見してるじゃん」
「うん……」
「アンリなんて怯えてるよ」
「あ、あはは……う、うーん。たぶん、大丈夫じゃないかな?」
アンリとあの三人に何が起こったかまでは亜美には分からない。
首をかしげながらアンリを見ていると、顔色悪くしたアンリの後ろの席に天翔神威が座った。もしかすると、何かのプレッシャーを感じているのかもしれない。
その隣の席の天地聖は、亜美を見ると手を振ってくれている。今まで良くしてくれたのに、これからもこの三人と仲良くなれるなんてと、謙遜しつつも嬉しく感じた。
「よろしくね、亜美ちゃん」
花の香りがふわりと鼻腔に広がる。この香りに身体が包まれるような感覚がすると少しの高揚感が増した。
「愛理さん!」
「愛理で良いのよ、えっと」
「押谷麗華。レイカです」
緊張気味のレイカに大丈夫と言うと、レイカはこくりと頷いた。
「そ、レイカって呼ぶわね。私と聖、神威をよろしく」
「よ、よろしく……」
あのレイカが圧倒されている。
坂口アンリと対等に喋れるくらいの気概を持つ彼女も、天陽愛理には頭が上がらないのかもしれない。これからどんな学校生活が送れるのか、亜美はとても気持ちがワクワクした。