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ACE OF PENTACLES 新米天使

 

 幽鬼に取り憑かれた男が目の前にいる。眉や目元、口元はピクリとも動かない感情無き男は、じりじりとヒジリとの距離を詰めてきた。肌で感じる恐怖や焦りが、この男との接触は不味いのではないかとヒジリの中で警鐘を鳴らす。両手を伸ばしてにじり寄ってくるこの男に、ピンク色の星型ステッキを向けると発光はしたが相手を倒すくらいの力が顕現しなかった。なぜなら彼女は――


「ひぎゃーー!死ぬ、死ぬ、わたし死ぬ!」


 首を絞められながら悪態をついてたら、白いロングコートを着た男が現れた。天使と幽鬼とのいさかいを見て、鋭い切れ長の瞳をさらに細め、忌々し気に腕を振り下ろす。次の瞬間、幽鬼の肘の下が腕から離れた。輝くばかりの白銀の剣で斬られたためである。


「ヒジリよ、天力を溜めて発動させねばそいつは昇天しないぞ」


 崩れ落ちたヒジリを腕で囲い、胸に抱き寄せながら容姿の優れた男が言う。


「うっさいわね、じゃぁランカムがやっつけてよ!」

「良いだろう、キス200回でどうだ」

「天使のくせに見返りが欲しいてアホでしょ――!あぁぁ、キス1回」

「キス5回に負けてやる。よく見ておけ」


 特大の光が天上で収束した瞬間、怨差にまみれた男が消えて昇天したようだ。この部屋には聖なる気しか感じない。そのことに安堵したヒジリは腕の中でもがくが、あきらめて男に身をゆだねた。そして、虚勢混じりの愚痴を零す。

 

「アホなのに強いんだ」


 小さく呟いた言葉を拾った男は、鋭かった表情を緩めて笑む。


「アホなのは余計だ、さ、キス5回。これでも譲歩したからな」

「アホアホアホ――んぐ、む……? んぐぅ…」


 教会だったこの場所で、二体の天使は濃厚のキスを終えて姿を消した。



――――


「災難だったね、でも幽鬼レベル2だったでしょ」


 愛の天使アリエルは愛弟子のヒジリをねぎらいつつ、お茶とクッキーをテーブルにセッティングした。


「幽鬼レベル1だって聞いたから出向いたのに、レベル2だなんて聞いてない……しょうがないじゃん。わたしは弱いんだもん」

「私を待たずに先に行くからだ」


 むっと顔をしかめると、ランカムににんまりと微笑まれる。

 アリエルはあらあら、と言いながらクッキーをつまんだ。


「ヒジリを待たせるからよ……ところでランカムは何してたの?」

「ヒジリ特選写真集を部屋に飾ってた」

「神さま~、変態天使がここにいますよ~」

「ドヤ顔で言うから面白いのよね、ランカムは」 


 ほほほ、ははは、と二人の天使が笑い合う。何にせよ天使は大らかなのだ、めったなことでは怒らない。だけど愛には深く焦がれる天使特有の性質ゆえ、ランカムもアリエルもヒジリの愛を欲していた。


「ランカム兄さんは痛いよね」

「何を言うか。これが私の普通だよ……」

「他にも絶世の美女天使がいるじゃん…何でわたし?ね~、クラン」


 愛の天使アリエルの獣神クランの喉元を撫でると、ランカムが口を膨らませた。自分にもして欲しいとヒジリににじり寄る。


「これでモテるんだからおっかしいよね!人間見る目ないよね?」

「しょうがないではないか、人間は見た目しか測れるものが無いらしいし?」


 ランカムに頬ずりされながらヒジリは唸った。この男、ランカムは地上の天使人気第三位の戦上手な天使で有名なのだ。かのミカエル天使長率いるミカエルが第一位、第二位が癒しを特化したラファエルと有名どころに連なる第三位がなぜかランカム。ミカエル率いる戦闘天使の中にランカムは常にいて、それが地上の人達の目に留まった。その美丈夫からか、美術館や神殿にはミカエルやラファエル、他の地上の神々と同じ場所にランカムがいる。さらにはランカム教までできて、地上では何がなにやらゴタゴタになっていた。


「私の神殿にはヒジリの好きなものがいっぱいあるよ」

「いちおー、何か聞いても良いかな?」

「プレステとか、果物とか、スマホとか、パソコンとかテレビとか」

「何でそんなにあるの!」


 おっかなびっくりのアリエルは持っていたクッキーを落とした。普通、天使や神々の供物は果物やお酒にちょっとしたお菓子などが相場なのだ。


「熱心な信者がそこらに居たから、プレステ欲しい、パソコン欲しいと言ったら神殿に集まったんだ」

「よくそれでミカエル達に怒られないわね?」

「彼らは機械に慣れたいといって、自分たちの神殿にも供物パソコンとスマホが欲しいとねだっているよ。人気のある神殿とはそういうものだ」


 天使になる前のヒジリはそういえばと思い出した。ミカエルやラファエル、ランカムらの神殿には参拝するにも少量の金が要る。それらは神殿の維持費と、仕える巫女や信者らの懐に入るためだったのだろう。人気のある神殿は聖なる気が充満していたし、心神深い人々を惹き付けるには充分だったのかもしれない。





「……だからって、天使になってからまた人間界に降りるのってヒドくね?」

「ヒジリには私がついているから安心するといい」

「わたしも神に願っちゃった。お留守番するには暇すぎるのよね」


 ねーっと、ランカムとアリエルが口をそろえて笑っていた。彼らの口を捻らずにはいられないが、握っていた拳をなんとかおさめた。


「えっと、神さまからのミッション言うよ。困っている人をエンドレスで救うこと?えーーっ!天界に戻れないじゃん!」


 ひぇぇっとヒジリが言うと、ランカムはため息を零した。自分の胸元にあった紙を拡げて


「お金は各自で集めること――つまり金が無い上に宿無しで、働けということだな」


 ランカムの非情な言葉に、ヒジリはうなだれた。

 胸元に隠していた獣神クランがひょこりと顔を出し、アリエルに紙を差し出す。


「天力は無尽蔵で使っても良いから、頑張ってね――神よりと……大雑把すぎるわね。でもどうしようかしら、私たちって、地上で働くには少々お門違いなとこがあるし、いまさら肉体労働もね……」


 女二人で落ち込んでいると、ランカムが閃いたとばかりに、姿を消した。しばらくすると、二人の目の前に姿を現す。


「ヒジリとアリエルはアルコールは大丈夫か」

「わたしはそんなに飲めないかも……アリエルは?」

「私はザルよ。幾らでも飲めちゃう」

「では決まりだな――昼はヒジリと私が喫茶店、夜はアリエルに居酒屋やってもらおう。裏方が私とヒジリ……従業員は信者と……」


 人気のある神殿とはそういうものだ――ランカムの話した言葉が記憶から木霊した。




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