文化と生活
「そういえばさっき聞くのを忘れてたが、なんで本が何冊か、っていう質問の答えが無限になるんだ」
「そういう話もあったね。答えは簡単さ、この書庫は特別製でね、誰かが本を書くと、その模造品がこの空間に瞬時に出現、貯蔵されるのさ。だから無限。広さも無限。こういうこと」
「一体どんな仕組みなんだよ…」
「そこは秘密、さ」
「一番気になるとこだろ」
「まあ、君にはいつか知る機会が来るだろうからさ。気長にその時を待つといいよ」
歩きながら周りを見回す。広い。とにかく広い。それにしても、これだけ本があるなら不老不死でも辛くならなさそうだな。
~しばらく歩いて~
「はい。着いたよ。主にここら辺がこの周囲の地域の地理の本だ。じゃ、私は邪魔をしないために消えとくから、用があったら呼んでね」
「おう」
「じゃ」
そう言い終わると同時に案内本は消えた。なんというか瞬時に消えた。
さあどの本を読もうか。背表紙は全く知らない文字が書いてあるのにも関わらず、意味は理解できた。背表紙をざっと見ていると、中でもかなり豪華な見た目を分厚い本に目を引かれた。題名は『統一後編纂連合国地理歴史局承認 大陸及び地方の文化・歴史・地図 ブリムゼン編』とある。見るだけで頭が痛くなるような題名だな。しかし、豪華な見た目、分厚さ、題名から見て、信頼できそうな本だ。これを読もうか。この本をとると、かなり重いことが分かった。これは運ぶのが大変そうだ。…そういえば本を読む机とかないのだろうか。見回そうとして振り返ると、さっきまで本棚だったのだが、広場になっており、椅子と机があった。どうなってんだこりゃ。すごい書庫だな本当に。とりあえず本が重いので席に着くことにした。椅子に座ってから、本の表表紙を見る。うむ、豪華だ。筆跡を見ると、文字は左から右。本の開き方も地球の横書きの本と同じみたいだ。しかし、題名だけでも新しい情報であふれてるな。統一後、連合国、ブリムゼン…。ブリムゼンというのはここら辺の地域の名前なんだろう。この世界の名前、ブリムズと似ている気がするな。何か関係があるのだろうか。まあ、考えていてもしょうがないだろう、読むことにしよう。
「…………様。……シルベスタ様!」
体を揺らされて、文字から目を離す。
「…随分と集中されていたみたいですね。時間でございます」
「…おお」
「その本は、持ち出しても構いません。栞も用意いたしました。ささ、お立ちくださいませ」
そう促されて立ち上がる。栞を読んでいたページに挟んで、本を閉じる。
「どのくらいの時間が経ちましたか?」
「私は、2時間ほど朝食を作っておりました。それにしても適性がないこともない、ようでよかった。なかったら死んでいましたからね。さあ、本を渡してください。私が運びましょう」
「私の命ってそんなに軽いんですか」
「殺そうとしたわけではありませんよ。採用試験のようなものです。案内人からも話は聞いているので、適性や才能については、把握はできております。こちらが出口です」
「そうですか」
落ちたら死ぬ試験なんて、事前にわかってたら絶対受けたくないな…。
そんな感じで書庫を出た。ここに来るまではあんなに歩いたのに出口までは数歩だった。本当にどうなってんだよここ。
それにしてもあの本は素晴らしい本だった。読んでる人を魅了するような文章で書かれていた。図もわかりやすいものが丁寧に描かれていて、読みやすかった。一番感動したのはやはり、本のレイアウトだ。本を開くと、右のページに図が多く描かれていて、左のページには文章が敷き詰められている。大雑把な内容を知りたいときは右のページを読めばわかり、詳しく知りたいときは左の説明を読めば知れる。著者の人は良く考えたなー。俺じゃ思いつくことはできないな。確実に。
プロコーピーについていってると、プロコーピーが止まって、こっちに振り向いた。
「シルベスタ様。ここが食堂兼談話部屋でございます。朝食はもうできておりますので席について待っていてください」
「はい。わかりました」
そう言われたので、示された席に座った。机の形は八角形で、座った席の対面にフレニアが座って、紙に何かを書いていた。プロコーピーは隣の部屋に向かった。
「やあ、おはようシルベスタ」
「おはようございます。フレニア……」
「さん付けで呼ぶのじゃ」
「はい。フレニアさん」
「今、これからどうするかを書いているのでな。書庫から引っ張ってきた本でも読むといい。…ああ。そこの水飲みの中はローンテイスの乳じゃ。飲みたかったら飲んでもいいぞ」
「はい」
フレニアは書きながらそう言った。
コップの中を見ると、白い液体が入っていた。手に持ってみると、粘度はなく、サラサラしていた。匂いをコップの口を仰いで嗅いでみたが、特に気になる匂いは感じられなかった。…なるほど。地球の牛乳と思って飲んでも大丈夫なのではないのだろうか。少し舐めてみた。……これは!美味い!風味は完全に牛乳だが、牛乳と違ってさわやかな甘さが目立つ。牛乳に砂糖を入れたんじゃこの甘さ…いや、甘さだけなら再現できるかもしれないが、この全体的なバランスを保って再現するのは不可能だろう…。ローンテイスとか言っただろうか、この本で調べたら出てくるだろうか。…ただ、調べるにあたって大きい問題があるんだよな。索引が…五十音順じゃないから、何ならアルファベット順でもないから、調べようがない。…くっ、この素晴らしいものの情報はあきらめるしかないのか…?……いや、これは今に限った一時的な撤退だ。いつかこの言語を網羅してお前のことを暴いてやるぞ!ローンテイス!
そんなことを考えながらこの異世界牛乳を少しずつ飲んでいる間に、机に食事が並べられていく。食事の献立はシンプルなものだった。器は一人につき三つ。そして、フォークのようなものが置かれている。大き目の皿、どんぶりほどのお椀、そして小皿。大皿には、ホットケーキのようなものがいくつか重ねられている。お椀には、かなり具沢山のスープがなみなみと入っている。小皿には…なんだこれは。おそらくフルーツであると思われる物体が積まれている。具体的な見た目はというと、半分に切られていると推察でき、大きさはキウイほどで、皮の表面はブドウのような紫色の細かい毛に覆われており、皮の断面を見ると、皮はしわくちゃのようだ。肝心の中身はというと、真っ白であり、種のようなものは見当たらない。
そんなフルーツの見た目に戦慄していると、
「本日の朝食が出来上がりました。献立は、穀焼き、ワタクシ特製煮込み、ポーム。でございます」
「うむ」
「この、ポーム?というものは一体何ですか?」
「はい。これはポームの木の果実です。このまま齧り付くのがおすすめの食べ方です」
「なるほど…」
とりあえず食べるほかに詳細を知る方法はなさそうだな。それにしても変わった見た目だ。味が良いと嬉しいんだが…。ひとまず食べるとしようか。
「さあさあ、フレニア様、シルベスタ様。お食べください」
「わかった」
フレニアが書くのをやめ、フォークのようなものを手に取る。
俺もフォークを取り、食べることにした。
「いただきます」
そう言うと、フレニアが変な顔をしてこちらを見てきた。…やはりこれが文化の違いか。このいただきますと言う文化はこの世界にはないと見た。よしここは、俺が地球の文化を例のごとくこの二人に披露……
「馬鹿なのかお前は」
…えぇ?俺はなんで今馬鹿と言われたんだ…?
「…理由を聞いても?」
「今、お前が手を合わせて何か言ったからだ」
「…それで?」
「神か何かにでも感謝しているのか?」
「…いえ、そういうわけではないんですよ。私の故郷の文化なんですけどね、食事をとる前に『いただきます』と言って、これから食べる動物や植物に感謝をするんですよ。ほとんど形骸化してるような感じですけどね」
「…そうか。それは悪かった」
「気を取り直して、食べてください」
プロコーピーに促されて、食べることにした。…なんで神に感謝すると馬鹿になるんだ?まあ後で聞けばいいか。とりあえず今は食べるとしよう。
「いただきます」