ある日、森の中
馬車を出ると、辺りは真っ暗で何も見えなかった。
「この中でどうやって戦うんですか?」
「まあ落ち着け、そこらへんはちゃんと考えてある」
フレニアは馬車のから最後に出てきた。そして手には魔石を持っていた。
「備えはしっかりとしておるわ。目をつぶっていろ!」
フレニアが叫ぶ。俺は慌てて目を閉じる。
瞬間、微かな音と共に強い光が起こったのを感じる。
「もう開けても良いぞ」
目を開けると、かなり明るい光球が頭上に浮いていた。
その光球は周囲を広く照らしている。背が高く、幹が真っ直ぐな木の森は、やはり地面は落ち葉だらけで今まで写真でも見たことのない不思議な構造の森だった。
森の奥らへんで、いくつかの影が動いているのが見えるが、逃げていく様子から、咆哮熊ではないのだろう。
肝心の熊を探してあたりを見回すと、馬車の前方でデカい何かが近付いてくるのが見える。
「馬車の前に居るのう」
「あれが咆哮熊……。で、でかい」
大きさは3mは超えているだろう。大型トラックよりも高いのだ。しかも、今は四つの足で歩いているが、あれが二本脚で立ったとき、どのくらいの大きさなのだろうか。
地球の熊の様に黒い毛皮で覆われているが、喉元の辺りに見たこともない器官がついている。見た目は、ホオジロザメのエラの様に、毛皮が生えていないところに切れ込み?のようなのが入っている。
目は見えていないのか、さっきの閃光で怯んだ様子はなく真っ直ぐ近付いてきている。
「奴は音と匂いでこちらを判断しておる」
「ということは、大きな音か強烈なにおいの物があれば……」
「そうじゃ。怯ませられるじゃろうな。あれは、おそらくわしやクラウディアでも正面から魔法抜きで、肉をだめにせず戦うのは分が悪い」
分が悪いとそのまま言わないあたり、何かプライドを感じる。
「ショーン。おぬしは何か大きな音を出し続けろ。アリス。おぬしはあれの拘束じゃ。クラウディア!おぬしは囮じゃ。わしが怯ませる!」
「わかったわ!」
「任せて」
「りょ、了解」
さて、大きな音を出せと言われたが、どうしようか。叫ぶだけじゃあまり意味がないんじゃなかろうか。とは言っても大きな音なんて……。何か金属があれば、大甘菜で叩きまくるんだが。
「あああああああああああッ!!」
とりあえず叫びながら道を逸れ、戦闘が見える位置に移動する。
足元の大量の落ち葉で覆われた地面は案外デコボコしており、走るのが難しい。その上落ち葉の層がくるぶし辺りに来るくらいにはそこそこ深いので、油断するとすぐ転んでしまいそうだ。
クロイシュルトはもうすでに熊と戦い始めており、上手く熊の注意を自分に集め続けている。
熊が俺の叫び声を煩わしそうにしながらクロイシュルトに攻撃を仕掛けているが、すべて避けている。熊が俺の方へ注意を向けると、その瞬間に剣で攻撃を加えるので、熊がこちらに来る心配は今のところなさそうだ。その剣での攻撃は剣の腹で攻撃しているため、熊が出血することはない。
「ショーン!わしの位置はばれておる!もっと足音をかき消すようなことはできぬか?」
クロイシュルトと熊から少し距離を取ったところでしゃがんでいたフレニアが聞いてくる。
「そおおんなことおおおおおおッ!すぅっ。言ったってえええええええええええッ!」
「うるさいわ!普通に話せ!」
「……何が問題ですか?」
「足音で場所がばれておる。例え止まろうと場所を記憶されておる」
「あの子、少しは怒りを感じてはいるみたいだけど、そこまで問題はないみたい。まだだいぶ冷静よ」
フレニアとアダマスの二人から問題を言われる。
……やはり単に叫ぶだけでは効果が薄いようだ。
「ただ音で行動を妨害するだけじゃ効果がなさそうですね」
「うむ、そうじゃ。……行動を妨害することは考えなくてよい。足音をわからなくしてくれ」
「わかりました」
そう言って、再び解散する。
クロイシュルトはこちらを気にする余裕があまりないようだ。フレニアとアダマスはこちらを見てくる。
足音をわからなく。耳を麻痺させるには音の大きさが足りないだろう。
足音に似た音を出せないだろうか。
ふと、足元のデコボコを思い出す。足元のごつごつしたものの正体を探る。
石とかなら嬉しいんだが……。
硬いものに手が当たる。それを引き出すと、丸みを帯びたサッカーボールほどの石だった。
よし石だ。しかし、すこし大きすぎるな。投げて音を出そうかと思ったが、これでは投げるのに時間がかかってわかってしまう。
もう一つ、石を探して落ち葉を漁る。そして、一個目より少しサイズの小さい石を取り出すと、それを打ち付ける。
高い音が何回か鳴る。熊の様子を見ると、この音が鳴るたびに不快そうなそぶりを見せる。
しかし、地面がふかふかの落ち葉なので全然手ごたえもなく、砕ける気配もない。
このままでは埒が明かないので、落ち葉を掻きわけて地面を探す。
すると、板状の石が埋まっていた。その上に小さい方の石を乗せ、大きい方を叩きつける。それでようやく石が砕けた。その後、石をいくつか掘り出し、何回か同じことをして手ごろな大きさの石を大量に作ることに成功した。
砕けた石をかき集めて、熊の方向へ少し高めに投げる。
フレニアはそれで察したのか、石が地面に落ちる瞬間に動く。石をどんどん投げて、音を絶やさないようにする。
熊はこちらの狙いを理解していそうだが、クロイシュルトの妨害により、何もできないでいる。
フレニアが熊の真後ろに位置取ると、クロイシュルトに合図を送る。
クロイシュルトは攻勢に転じる。その間も俺は石を投げるのを止めない。
クロイシュルトの攻勢に押され、熊がどんどん後ろへ下がる。そしてフレニアが魔石を手に持ち、魔法の用意をする。
フレニアと熊の距離が3mを切ったあたりで、フレニアが魔法で熊の動きを止めた。
傍から見ると、いきなり熊の周りの落ち葉が沈み、熊の動きが止まったようにしか見えないが、あれは確実に重力系の魔法だろう。
「アリス!今じゃ!」
「わかったわ!」
アダマスが熊に近付き、髪を伸ばし、あやつって熊を押さえつける。
フレニアとアダマスによって、熊が動けなくなったのを確認すると、クロイシュルトが刃が赤いナイフを取り出し、それを熊の左胸に突き立てる。
それによって、熊の抵抗は弱くなっていき、しばらくして完全に止まった。
「お、終わりました?」
「終わりじゃ。よくやった」
「ふう……。どっと疲れた」
無事に熊を倒すことができたようだ。
「私、髪を洗ってくるわね」
「それなら馬車の中の水の魔石を使っても構わぬぞ」
「あら、ありがとう」
アダマスは馬車へ帰っていく。クロイシュルトは熊の解体を始める。
「そのナイフで殺すことに何か意味が?」
「この小刀のこと?」
「そうです」
「この小刀はね、血断ちという名前でね、この金属が特別なのよ」
「金属が?」
「そうよ。錬金術で作るのだけど、生物の骨のを砕いて同じ生物の血と混ぜ、熔かした金属と混ぜて魔力を加えながら鍛えることでこの刃ができるのよ」
錬金術というよりは、闇の儀式と鍛冶を合わせあような工程だな……。
クロイシュルトが、熊を解体しながら説明してくれる。フレニアはそれを手伝っている。
「この刃は肉が良く切れる上に、臭みが取れるのよ。だから高価な割に需要があるのよ」
「へえ、肉専用の便利な刃なんですね」
「大抵のお肉屋さんには常備されてるわ」
なんか良いってことはわかった。肉の臭みとかはよくわからないけど。
「今日はもう夕飯にしてしまうか」
「そうね」
よくあの戦いをした後で食事ができるな。しかも、殺した生き物をすぐ食べるのか……。
まあ、腹は減ったし、割り切るしかないのか……。




