S:舞う騎士
クロイシュルトは、シルベスタが二匹のオオカミに向かっていったのを確認し、一際大きな個体の方へ歩き出す。よくオオカミなどの魔族に遭遇する者たちからはヌシと呼ばれる個体だ。ヌシは群れの中で最も強い力を持つ通常個体が成るものである。ヌシがなんらかの理由で居なくなると残った中で最も強い個体が再び成る、といったように各群れに一匹は必ずいる。
そして、そのヌシ個体は滅多に人族の前には姿を現さないのだ。ヌシに成るとどういう訳か、頭がよくなり、群れの統制ができるようになり、人族の前に姿を見せるとどうなるかなどがわかるのである。
しかし、この個体は人族の前に姿を現した。しかも、ヌシを入れると群れのオオカミは六匹という小規模でだ。さらに、ここら辺はオオカミの生息地ではないのだ。
クロイシュルトはこの異常事態の原因を考えるが、ひとまずヌシの始末を優先することにした。
ヌシはクロイシュルトを警戒する。クロイシュルトは剣を引き抜いていない。ヌシは剣を理解していて、自分と相対しているのに剣を引き抜かない理由が解らなく、それ故恐怖しているのだ。
先に動いたのはヌシだった。他のオオカミと比べて体は大きいが、劣らぬ速さで駆け出す。むしろ筋力が増した分速いと言えるだろう。
クロイシュルトはまっすぐ走って噛みつこうとしたヌシを、右に最小限動くことで避ける。すぐさまヌシが追いすがろうと、己の爪でクロイシュルトを横に薙ぐ。が、クロイシュルトは半歩後ろに下がり避ける。ヌシはその後も何回か同じ攻撃を仕掛けるが、すべてクロイシュルトの無駄のない動きで避けられる。
ヌシは一度気を取り直すべく、大きくクロイシュルトと距離を離す。
その瞬間だった。大きなオオカミの首は断たれ、その頭の脳は二度と体を動かすことは叶わなくなった。
それをした緑髪の女騎士は、あらかじめ空に放っておいた鞘を左手で受け止め、剣身を布で拭い、納剣する。
「ごめんなさいね。私ばかりずるをして」
村の有志の者たちを募って作られた関の番たちの中には、この戦いを見ていたものが何人か居り、その全員が舞のようだったとこれから言い広めるのだが、その中の誰も女騎士の独り言は聞いていなかった。